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新編 日本古典文学全集 タイトル一覧

88 件

古事記

古事記

(こじき)

作者未詳

神代から推古天皇までの古事を記録する日本最古の典籍

天武天皇の命により、稗田阿礼(ひえだのあれ)が誦習(しょうしゅう)し、元明天皇の代に太安万侶(おおのやすまろ)が撰録し、献上した。「序文」、天孫降臨などを描いた「上巻」、神武から応神天皇までをたどる「中巻」、仁徳から推古天皇までの「下巻」からなる。天地創成以来の歴史や伝説、国家の形成史・皇位継承の経緯を記した文学性豊かな歴史書で、日本文化の原点を解明する。

[奈良時代(712年成立)][歴史書]

《校注・訳者/注解》 山口佳紀 神野志隆光

神代から推古天皇までの古事を記録する日本最古の典籍

天武天皇の命により、稗田阿礼(ひえだのあれ)が誦習(しょうしゅう)し、元明天皇の代に太安万侶(おおのやすまろ)が撰録し、献上した。「序文」、天孫降臨などを描いた「上巻」、神武から応神天皇までをたどる「中巻」、仁徳から推古天皇までの「下巻」からなる。天地創成以来の歴史や伝説、国家の形成史・皇位継承の経緯を記した文学性豊かな歴史書で、日本文化の原点を解明する。

[奈良時代(712年成立)][歴史書]

《校注・訳者/注解》 山口佳紀 神野志隆光

日本書紀

日本書紀

(にほんしょき)

舎人親王ほか編

天地開闢から7世紀後半の持統天皇までを記す日本初の勅撰史書

〈古に天地未だ剖(わか)れず、陰陽(めお)分れず、渾沌にして鶏子の如く……〉から始まる、年代を追って記述した編年体の歴史書で、『古事記』と異なり、漢文体で記されている。元正天皇の代に奏上された六国史のひとつで、全30巻の大著。天武天皇皇子の舎人親王(とねりしんのう)らが編纂。『古事記』と重なる部分も多いが、聖徳太子など『古事記』に見られない記述も少なくない。

[奈良時代(720年成立)][歴史書]

《校注・訳者/注解》 小島憲之 直木孝次郎 西宮一民 蔵中 進 毛利正守

天地開闢から7世紀後半の持統天皇までを記す日本初の勅撰史書

〈古に天地未だ剖(わか)れず、陰陽(めお)分れず、渾沌にして鶏子の如く……〉から始まる、年代を追って記述した編年体の歴史書で、『古事記』と異なり、漢文体で記されている。元正天皇の代に奏上された六国史のひとつで、全30巻の大著。天武天皇皇子の舎人親王(とねりしんのう)らが編纂。『古事記』と重なる部分も多いが、聖徳太子など『古事記』に見られない記述も少なくない。

[奈良時代(720年成立)][歴史書]

《校注・訳者/注解》 小島憲之 直木孝次郎 西宮一民 蔵中 進 毛利正守

風土記

風土記

(ふどき)

作者未詳

古代日本の地方の生活や文化をいきいきと伝える地方誌

風土記とは、土地の名前の由来や、その土地に伝わる伝承、神々や天皇のエピソード、特産品など、その国の状況や成り立ちがわかるような報告をするよう中央政府が地方に命じたもの。古代官撰地方誌と言える。播磨国(兵庫県)、出雲国(島根県)、豊後国(大分県)、肥前国(佐賀県、長崎県)、常陸国(茨城県)の5つの『風土記』と、いくつかの逸文が残されている。

[奈良~平安時代(713年より編纂開始)][地誌]

《校注・訳者/注解》 植垣節也

古代日本の地方の生活や文化をいきいきと伝える地方誌

風土記とは、土地の名前の由来や、その土地に伝わる伝承、神々や天皇のエピソード、特産品など、その国の状況や成り立ちがわかるような報告をするよう中央政府が地方に命じたもの。古代官撰地方誌と言える。播磨国(兵庫県)、出雲国(島根県)、豊後国(大分県)、肥前国(佐賀県、長崎県)、常陸国(茨城県)の5つの『風土記』と、いくつかの逸文が残されている。

[奈良~平安時代(713年より編纂開始)][地誌]

《校注・訳者/注解》 植垣節也

萬葉集

萬葉集

(まんようしゅう)

作者未詳

さまざまな階層の人々の哀歓を歌った現存最古の歌集

7~8世紀の約130年の間の歌――長歌、短歌、旋頭歌(せどうか)、仏足石歌(ぶっそくせきか)――など4500首余りがおさめられている。歌人は、天皇から庶民まで500名近くの作品を収録。雑歌(ぞうか)、相聞、挽歌、東歌(あずまうた)、防人歌(さきもうたり)など内容はさまざまで、万葉仮名で書かれている。大伴家持(おおとものやかもち)が現存の形に近いものにまとめたとされる。

[奈良時代(759年以降成立)][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 小島憲之 木下正俊 東野治之

さまざまな階層の人々の哀歓を歌った現存最古の歌集

7~8世紀の約130年の間の歌――長歌、短歌、旋頭歌(せどうか)、仏足石歌(ぶっそくせきか)――など4500首余りがおさめられている。歌人は、天皇から庶民まで500名近くの作品を収録。雑歌(ぞうか)、相聞、挽歌、東歌(あずまうた)、防人歌(さきもうたり)など内容はさまざまで、万葉仮名で書かれている。大伴家持(おおとものやかもち)が現存の形に近いものにまとめたとされる。

[奈良時代(759年以降成立)][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 小島憲之 木下正俊 東野治之

日本霊異記

日本霊異記

(にほんりょういき)

景戒

神仏・人間・動物たちが繰り広げる奇異譚を描く日本最古の説話集

平安初期に編まれた日本最古の仏教説話集で、因果応報の説話を集める。上巻35、中巻42、下巻39の計116縁(話)からなり、ほぼ年代順に漢文体で記述する。仏の力の不思議さを示すエピソードは、後の文学に多くの影響を与えたといわれる。作者は奈良薬師寺の僧、景戒(きょうかい)。正式名称は「日本国現報(げんぽう)善悪霊異記」。「にほんれいいき」とも読む。

[平安時代(822年ごろ成立)][説話(仏教説話)]

《校注・訳者/注解》 中田祝夫

神仏・人間・動物たちが繰り広げる奇異譚を描く日本最古の説話集

平安初期に編まれた日本最古の仏教説話集で、因果応報の説話を集める。上巻35、中巻42、下巻39の計116縁(話)からなり、ほぼ年代順に漢文体で記述する。仏の力の不思議さを示すエピソードは、後の文学に多くの影響を与えたといわれる。作者は奈良薬師寺の僧、景戒(きょうかい)。正式名称は「日本国現報(げんぽう)善悪霊異記」。「にほんれいいき」とも読む。

[平安時代(822年ごろ成立)][説話(仏教説話)]

《校注・訳者/注解》 中田祝夫

古今和歌集

古今和歌集

(こきんわかしゅう)

紀貫之、紀友則、壬生忠岑ほか編

王朝の美意識を優雅に表現した日本最初の勅撰和歌集

優美・繊細な王朝文化を代表する和歌集。醍醐(だいご)天皇の勅命によって、紀貫之(きのつらゆき)、紀友則(とものり)、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑(みぶのただみね)が撰者として編集にあたった。約1100首を収める。〈やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける〉という紀貫之の「仮名序」が有名。

[平安時代(913年ごろ成立)][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 小沢正夫 松田成穂

王朝の美意識を優雅に表現した日本最初の勅撰和歌集

優美・繊細な王朝文化を代表する和歌集。醍醐(だいご)天皇の勅命によって、紀貫之(きのつらゆき)、紀友則(とものり)、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑(みぶのただみね)が撰者として編集にあたった。約1100首を収める。〈やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける〉という紀貫之の「仮名序」が有名。

[平安時代(913年ごろ成立)][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 小沢正夫 松田成穂

竹取物語

竹取物語

(たけとりものがたり)

作者未詳

物語文学の始祖、誰もが知っている「かぐや姫」の物語

『源氏物語』の中で、〈物語の出で来はじめの親〉と紹介される、仮名文による日本最初の物語文学。竹から生まれたかぐや姫は、美しい女性に成長し、五人から求婚される。しかし各人に、仏の御石の鉢、蓬莱(ほうらい)の玉の枝、火鼠の裘(かわぎぬ)、竜の首の珠、燕(つばくらめ)の子安貝を持ってくるよう難題を突きつけ、未婚のまま月に昇天してしまう。

[平安時代(9世紀末ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 片桐洋一

物語文学の始祖、誰もが知っている「かぐや姫」の物語

『源氏物語』の中で、〈物語の出で来はじめの親〉と紹介される、仮名文による日本最初の物語文学。竹から生まれたかぐや姫は、美しい女性に成長し、五人から求婚される。しかし各人に、仏の御石の鉢、蓬莱(ほうらい)の玉の枝、火鼠の裘(かわぎぬ)、竜の首の珠、燕(つばくらめ)の子安貝を持ってくるよう難題を突きつけ、未婚のまま月に昇天してしまう。

[平安時代(9世紀末ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 片桐洋一

伊勢物語

伊勢物語

(いせものがたり)

作者未詳

在原業平がモデルとされる男の一代を描く歌物語

〈昔、男ありけり〉の書き出しで知られ、歌を中心とした小さな物語――在原業平(ありわらのなりひら)だと言われる、ある男の初冠(ういこうぶり)から辞世の歌に至る約125の章段よりなる。「在五が物語」、「在五中将日記」とも呼ばれる。藤原定家など歌人たちに多く読まれ、歌人・連歌師必読の古典とされた。江戸時代になると『源氏物語』とともに尊重され、注釈書も数多く出版された。

[平安時代(10世紀中ごろ成立)][物語(歌物語)]

《校注・訳者/注解》 福井貞助

在原業平がモデルとされる男の一代を描く歌物語

〈昔、男ありけり〉の書き出しで知られ、歌を中心とした小さな物語――在原業平(ありわらのなりひら)だと言われる、ある男の初冠(ういこうぶり)から辞世の歌に至る約125の章段よりなる。「在五が物語」、「在五中将日記」とも呼ばれる。藤原定家など歌人たちに多く読まれ、歌人・連歌師必読の古典とされた。江戸時代になると『源氏物語』とともに尊重され、注釈書も数多く出版された。

[平安時代(10世紀中ごろ成立)][物語(歌物語)]

《校注・訳者/注解》 福井貞助

大和物語

大和物語

(やまとものがたり)

作者未詳

貴族社会で語られた恋愛話や伝説を紹介する平安の歌物語

宇多天皇や桂の皇女(宇多天皇の皇女)、小野好古(おののよしふる)など宮廷を中心にしたさまざまな人たちの物語の集合体で、全173段からなる。当時の宮廷社会のゴシップや、姨捨山(おばすてやま、うばすてやま)など、古くから伝わる伝承も載せる。作者は、花山天皇、在原滋春(ありわらのしげはる)、敦慶親王(あつよししんのう)の侍女・大和など諸説あるものの未詳。

[平安時代(951年ごろ成立)][物語(歌物語)]

《校注・訳者/注解》 高橋正治

貴族社会で語られた恋愛話や伝説を紹介する平安の歌物語

宇多天皇や桂の皇女(宇多天皇の皇女)、小野好古(おののよしふる)など宮廷を中心にしたさまざまな人たちの物語の集合体で、全173段からなる。当時の宮廷社会のゴシップや、姨捨山(おばすてやま、うばすてやま)など、古くから伝わる伝承も載せる。作者は、花山天皇、在原滋春(ありわらのしげはる)、敦慶親王(あつよししんのう)の侍女・大和など諸説あるものの未詳。

[平安時代(951年ごろ成立)][物語(歌物語)]

《校注・訳者/注解》 高橋正治

平中物語
10 

平中物語

(へいちゅうものがたり)

作者未詳

平安の色好み・平中が繰り広げる歌と恋の駆け引き

主人公は、『古今集』、『後撰集』などに入集する実在の歌人・平貞文(たいらのさだふん)とされる。貞文は在原業平(ありわらのなりひら)と双璧の好き者(色好み)として名高く、「在中・平中」と称される。『伊勢物語』にならったといわれる歌物語で、貞文の恋のやり取りが描かれる。39段からなり、「貞文(さだふん)日記」、「平中日記」ともいい、「平仲物語」と書くことも。

[平安時代(10世紀中ごろ成立)][物語(歌物語)]

《校注・訳者/注解》 清水好子

平安の色好み・平中が繰り広げる歌と恋の駆け引き

主人公は、『古今集』、『後撰集』などに入集する実在の歌人・平貞文(たいらのさだふん)とされる。貞文は在原業平(ありわらのなりひら)と双璧の好き者(色好み)として名高く、「在中・平中」と称される。『伊勢物語』にならったといわれる歌物語で、貞文の恋のやり取りが描かれる。39段からなり、「貞文(さだふん)日記」、「平中日記」ともいい、「平仲物語」と書くことも。

[平安時代(10世紀中ごろ成立)][物語(歌物語)]

《校注・訳者/注解》 清水好子

土佐日記
11 

土佐日記

(とさにっき)

紀貫之

紀貫之が女性に仮託して描いた土佐から京までの仮名文の旅日記

〈男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり〉という書き出しで有名な、日記文学の先駆け。『古今集』の撰者でもある歌人・紀貫之(きのつらゆき)が、みずから心情を女性に仮託して、任国土佐から京に戻るまでの55日間の船旅を、歌(全57首)を交えて仮名文でつづる。「土左日記」とも書き、また「とさのにき」とも読む。

[平安時代(935年ごろ成立)][日記(紀行日記)]

《校注・訳者/注解》 菊地靖彦

紀貫之が女性に仮託して描いた土佐から京までの仮名文の旅日記

〈男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり〉という書き出しで有名な、日記文学の先駆け。『古今集』の撰者でもある歌人・紀貫之(きのつらゆき)が、みずから心情を女性に仮託して、任国土佐から京に戻るまでの55日間の船旅を、歌(全57首)を交えて仮名文でつづる。「土左日記」とも書き、また「とさのにき」とも読む。

[平安時代(935年ごろ成立)][日記(紀行日記)]

《校注・訳者/注解》 菊地靖彦

蜻蛉日記
12 

蜻蛉日記

(かげろうにっき)

藤原道綱母

摂関家の御曹司に嫁いだ不幸な家庭生活を和歌を交えてつづる

作者は歌人としても有名な藤原道綱母(みちつなのはは)。20歳のころに、のちの関白・藤原兼家(道長の父)に嫁ぐも、不安定な家庭や周囲の嫉妬に、不幸な日々を送る。結婚してから兼家が通って来なくなるまでの20年間の心情をつづった日記。自身のかげろうのようなはかない身の上を嘆いた一節、〈あるかなきかのここちするかげろふの日記(にき)といふべし〉に書名は由来する。

[平安時代(974年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 木村正中 伊牟田経久

摂関家の御曹司に嫁いだ不幸な家庭生活を和歌を交えてつづる

作者は歌人としても有名な藤原道綱母(みちつなのはは)。20歳のころに、のちの関白・藤原兼家(道長の父)に嫁ぐも、不安定な家庭や周囲の嫉妬に、不幸な日々を送る。結婚してから兼家が通って来なくなるまでの20年間の心情をつづった日記。自身のかげろうのようなはかない身の上を嘆いた一節、〈あるかなきかのここちするかげろふの日記(にき)といふべし〉に書名は由来する。

[平安時代(974年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 木村正中 伊牟田経久

うつほ物語
13 

うつほ物語

(うつほものがたり)

作者未詳

秘琴伝授を描く、『源氏物語』に先行する現存最古の長編

清原俊蔭(としかげ)は遣唐使に選ばれるが、途中で船が難破。波斯国(ペルシア)で天人から琴の奏法を伝授される。この俊蔭の一族の命運(主人公は、俊蔭の孫の仲忠)を軸に物語は進む。清少納言の『枕草子』でも主人公・仲忠を話題にするなど、平安時代の当時よりよく読まれていたことがわかる。作者は古くから源順(みなもとのしたごう)とする説がある。「宇津保(うつぼ)物語」とも表記される。

[平安時代(969~1011年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 中野幸一

秘琴伝授を描く、『源氏物語』に先行する現存最古の長編

清原俊蔭(としかげ)は遣唐使に選ばれるが、途中で船が難破。波斯国(ペルシア)で天人から琴の奏法を伝授される。この俊蔭の一族の命運(主人公は、俊蔭の孫の仲忠)を軸に物語は進む。清少納言の『枕草子』でも主人公・仲忠を話題にするなど、平安時代の当時よりよく読まれていたことがわかる。作者は古くから源順(みなもとのしたごう)とする説がある。「宇津保(うつぼ)物語」とも表記される。

[平安時代(969~1011年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 中野幸一

落窪物語
14 

落窪物語

(おちくぼものがたり)

作者未詳

恋あり復讐あり……最も古い継子いじめのシンデレラ物語

中納言源忠頼の娘(主人公)は、実母と死に別れ、継母(ままはは)によって育てられる。しかし継母は、継子(ままこ)の姫を疎んじ、床の一段低い部屋(落窪)に住まわせ、いじめ抜く。やがて周囲の人々の助けによって、主人公が幸せをつかみ取るという、清少納言も愛読した平安時代のシンデレラストーリー。作者は『うつほ物語』と同様、源順(みなもとのしたごう)との説がある。

[平安時代(10世紀末ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 三谷栄一 三谷邦明

恋あり復讐あり……最も古い継子いじめのシンデレラ物語

中納言源忠頼の娘(主人公)は、実母と死に別れ、継母(ままはは)によって育てられる。しかし継母は、継子(ままこ)の姫を疎んじ、床の一段低い部屋(落窪)に住まわせ、いじめ抜く。やがて周囲の人々の助けによって、主人公が幸せをつかみ取るという、清少納言も愛読した平安時代のシンデレラストーリー。作者は『うつほ物語』と同様、源順(みなもとのしたごう)との説がある。

[平安時代(10世紀末ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 三谷栄一 三谷邦明

堤中納言物語
15 

堤中納言物語

(つつみちゅうなごんものがたり)

作者未詳

さまざまな恋や変わった人たちを描いた日本初の短編小説集

姫君を盗み出そうとするが人違いしてしまう「花桜折る少将」、母なき姫を陰から応援する「貝合(あはせ)」、書簡風の短編「よしなしごと」など、10編の物語と数行の断片からなる短編小説集。「逢坂越えぬ権中納言」(小式部・作、1055年成立)以外は、作者も成立年も未詳。虫の好きな一風変わった姫を描く「虫めづる姫君」は、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』のモデルにもなった。

[平安時代後期~鎌倉時代中期][物語]

《校注・訳者/注解》 稲賀敬二

さまざまな恋や変わった人たちを描いた日本初の短編小説集

姫君を盗み出そうとするが人違いしてしまう「花桜折る少将」、母なき姫を陰から応援する「貝合(あはせ)」、書簡風の短編「よしなしごと」など、10編の物語と数行の断片からなる短編小説集。「逢坂越えぬ権中納言」(小式部・作、1055年成立)以外は、作者も成立年も未詳。虫の好きな一風変わった姫を描く「虫めづる姫君」は、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』のモデルにもなった。

[平安時代後期~鎌倉時代中期][物語]

《校注・訳者/注解》 稲賀敬二

枕草子
16 

枕草子

(まくらのそうし)

清少納言

季節感や後宮の華やかさを、きらめく感性で執筆した代表的随筆

〈春はあけぼの……〉で始まる、日本を代表するエッセイ。作者は、一条天皇の中宮定子(ていし)に仕える女房・清少納言。「をかし」の美を基調にして、人事や季節感を独創的かつ鮮やかにとらえる。「すさまじきもの」「うつくしきもの」などのものづくし(類聚章段)、後宮の日常の記録(日記的章段)、随想章段など、約300章段からなる。『源氏物語』と並ぶ王朝女流文学の傑作。

[平安時代(1001年ごろ成立)][随筆]

《校注・訳者/注解》 松尾 聰 永井和子

季節感や後宮の華やかさを、きらめく感性で執筆した代表的随筆

〈春はあけぼの……〉で始まる、日本を代表するエッセイ。作者は、一条天皇の中宮定子(ていし)に仕える女房・清少納言。「をかし」の美を基調にして、人事や季節感を独創的かつ鮮やかにとらえる。「すさまじきもの」「うつくしきもの」などのものづくし(類聚章段)、後宮の日常の記録(日記的章段)、随想章段など、約300章段からなる。『源氏物語』と並ぶ王朝女流文学の傑作。

[平安時代(1001年ごろ成立)][随筆]

《校注・訳者/注解》 松尾 聰 永井和子

和漢朗詠集
17 

和漢朗詠集

(わかんろうえいしゅう)

藤原公任編

日本&中国の漢詩文・和歌をえりすぐったアンソロジー

歌人・歌学者の藤原公任(きんとう)が、朗詠に適した名詩(588首の漢詩句)、名歌(216首の和歌)を編んだ歌謡集。漢詩では、白居易、菅原文時、菅原道真、大江朝綱、源順(みなもとのしたごう)の作品が、和歌では紀貫之や凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)のものが多い。「倭漢抄」「和漢朗詠抄」「四条大納言朗詠集」などともいう。長らく、貴族・武家の学問教養の基本図書だった。

[平安時代(1017~21年ごろ成立)][歌集(詩歌集)]

《校注・訳者/注解》 菅野禮行

日本&中国の漢詩文・和歌をえりすぐったアンソロジー

歌人・歌学者の藤原公任(きんとう)が、朗詠に適した名詩(588首の漢詩句)、名歌(216首の和歌)を編んだ歌謡集。漢詩では、白居易、菅原文時、菅原道真、大江朝綱、源順(みなもとのしたごう)の作品が、和歌では紀貫之や凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)のものが多い。「倭漢抄」「和漢朗詠抄」「四条大納言朗詠集」などともいう。長らく、貴族・武家の学問教養の基本図書だった。

[平安時代(1017~21年ごろ成立)][歌集(詩歌集)]

《校注・訳者/注解》 菅野禮行

源氏物語
18 

源氏物語

(げんじものがたり)

紫式部

日本古典の最高傑作――光源氏の波瀾万丈の生涯を描いた大長編

主人公・光源氏の恋と栄華と苦悩の生涯と、その一族たちのさまざまの人生を、70年余にわたって構成。王朝文化と宮廷貴族の内実を優美に描き尽くした、まさに文学史上の奇跡といえる。藤原為時の女(むすめ)で歌人の紫式部が描いた長編で、「桐壺(きりつぼ)」から「夢浮橋(ゆめのうきはし)」までの54巻からなる。

[平安時代(1001~10年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 阿部秋生 秋山 虔 今井源衛 鈴木日出男

日本古典の最高傑作――光源氏の波瀾万丈の生涯を描いた大長編

主人公・光源氏の恋と栄華と苦悩の生涯と、その一族たちのさまざまの人生を、70年余にわたって構成。王朝文化と宮廷貴族の内実を優美に描き尽くした、まさに文学史上の奇跡といえる。藤原為時の女(むすめ)で歌人の紫式部が描いた長編で、「桐壺(きりつぼ)」から「夢浮橋(ゆめのうきはし)」までの54巻からなる。

[平安時代(1001~10年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 阿部秋生 秋山 虔 今井源衛 鈴木日出男

和泉式部日記
19 

和泉式部日記

(いずみしきぶにっき)

和泉式部

恋多き女・和泉式部が10か月の恋愛を自ら振り返る

そのころ、和泉式部は恋人の為尊(ためたか)親王(冷泉天皇の皇子)の若すぎる死に嘆き悲しんでいた。その和泉式部に求愛の歌を贈ったのが、為尊親王の弟、敦道(あつみち)親王。1003年4月から始まった敦道親王との恋の行方を、翌年1月まで、歌を交えながら、三人称形式で物語風に記す。だが求愛の歌を贈られてから約4年ののち、敦道親王の突然の死でまたしても恋が終わる。

[平安時代(1009年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 藤岡忠美

恋多き女・和泉式部が10か月の恋愛を自ら振り返る

そのころ、和泉式部は恋人の為尊(ためたか)親王(冷泉天皇の皇子)の若すぎる死に嘆き悲しんでいた。その和泉式部に求愛の歌を贈ったのが、為尊親王の弟、敦道(あつみち)親王。1003年4月から始まった敦道親王との恋の行方を、翌年1月まで、歌を交えながら、三人称形式で物語風に記す。だが求愛の歌を贈られてから約4年ののち、敦道親王の突然の死でまたしても恋が終わる。

[平安時代(1009年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 藤岡忠美

紫式部日記
20 

紫式部日記

(むらさきしきぶにっき)

紫式部

『源氏物語』の作者が批評的に宮廷生活を切り取る記録文学

一条天皇の中宮彰子(しょうし)(藤原道長娘)に仕えていた女房・紫式部が、その時の日々(1008年秋~1010年正月)を回想的に振り返ったもの。書簡なども挿入され、日記というより記録に近い。藤原道長政権最盛期の宮廷生活や、他の女房への批評、自己分析などが、冷静な視点で記録される。観察眼は鋭く、辛辣な人物評も多く見られる。『紫日記』『紫の日記』と題する写本もある。

[平安時代(1010年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 中野幸一

『源氏物語』の作者が批評的に宮廷生活を切り取る記録文学

一条天皇の中宮彰子(しょうし)(藤原道長娘)に仕えていた女房・紫式部が、その時の日々(1008年秋~1010年正月)を回想的に振り返ったもの。書簡なども挿入され、日記というより記録に近い。藤原道長政権最盛期の宮廷生活や、他の女房への批評、自己分析などが、冷静な視点で記録される。観察眼は鋭く、辛辣な人物評も多く見られる。『紫日記』『紫の日記』と題する写本もある。

[平安時代(1010年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 中野幸一

更級日記
21 

更級日記

(さらしなにっき)

菅原孝標女

平安時代の中流貴族の女の半生をつづる仮名日記文学

『源氏物語』に憧れていた少女――菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)は、13歳の時に、父の任国・上総国(千葉県)より京に上る。その出来事より筆を起こし、夫・橘俊通(たちばなとしみち)と死別した翌年、52歳のころまでの約40年間の半生を振り返った自伝的回想記。平安の女性の宮仕え、結婚、出産などの様子が垣間見られる。平安女流日記文学の代表作のひとつ。

[平安時代(1060年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 犬養 廉

平安時代の中流貴族の女の半生をつづる仮名日記文学

『源氏物語』に憧れていた少女――菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)は、13歳の時に、父の任国・上総国(千葉県)より京に上る。その出来事より筆を起こし、夫・橘俊通(たちばなとしみち)と死別した翌年、52歳のころまでの約40年間の半生を振り返った自伝的回想記。平安の女性の宮仕え、結婚、出産などの様子が垣間見られる。平安女流日記文学の代表作のひとつ。

[平安時代(1060年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 犬養 廉

讃岐典侍日記
22 

讃岐典侍日記

(さぬきのすけのにっき)

藤原顕綱の娘長子

夭折した天皇を看取った、宮廷女房の愛情あふれる日記

作者は、堀河天皇に典侍(ないしのすけ)として仕えた、藤原顕綱(あきつな)の女(むすめ)、長子。女房名を「讃岐典侍(さぬきのすけ)」と言う。上下二巻の日記で、上巻では堀河天皇の発病から崩御に至るまでが記され、下巻では幼い鳥羽天皇へ再出仕した様子が描かれる。文中には、堀河天皇と男女の関係にあったとされる長子の堀河天皇への愛情が溢れている。

[平安時代(1109年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 石井文夫

夭折した天皇を看取った、宮廷女房の愛情あふれる日記

作者は、堀河天皇に典侍(ないしのすけ)として仕えた、藤原顕綱(あきつな)の女(むすめ)、長子。女房名を「讃岐典侍(さぬきのすけ)」と言う。上下二巻の日記で、上巻では堀河天皇の発病から崩御に至るまでが記され、下巻では幼い鳥羽天皇へ再出仕した様子が描かれる。文中には、堀河天皇と男女の関係にあったとされる長子の堀河天皇への愛情が溢れている。

[平安時代(1109年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 石井文夫

浜松中納言物語
23 

浜松中納言物語

(はままつちゅうなごんものがたり)

作者未詳

輪廻転生と夢のお告げがキーとなる数奇な物語

亡き父への思い断ちがたく、母の再婚相手を疎んじ……、という青年(中納言)が主人公。再婚相手の娘に恋し、亡き父が唐土(もろこし)の皇子に転生していると聞けば大陸に渡ってその皇子の母に恋をし……、という大がかりな舞台設定のファンタジー。『更級日記』の菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)の作とも言われる。三島由紀夫の最後の長編小説『豊饒の海』のモチーフになった作品。

[平安時代(1062年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 池田利夫

輪廻転生と夢のお告げがキーとなる数奇な物語

亡き父への思い断ちがたく、母の再婚相手を疎んじ……、という青年(中納言)が主人公。再婚相手の娘に恋し、亡き父が唐土(もろこし)の皇子に転生していると聞けば大陸に渡ってその皇子の母に恋をし……、という大がかりな舞台設定のファンタジー。『更級日記』の菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)の作とも言われる。三島由紀夫の最後の長編小説『豊饒の海』のモチーフになった作品。

[平安時代(1062年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 池田利夫

夜の寝覚
24 

夜の寝覚

(よるのねざめ)

作者未詳

寝覚めては許されぬ愛に思い悩むヒロインを描いた女流文学の傑作

主人公は美少女・中の君(寝覚の上)。姉の許嫁と許されぬ一夜を契り、懐妊してしまう。義兄妹の許されぬ愛に、〈例の寝覚めの夜な夜な起き出でて……〉と、ヒロインは事あるごとに寝覚めては悩み苦しむ。文中、何度も登場する〈寝覚め〉の描写を通して、揺れる女心を描写する。『浜松中納言物語』と同じく、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)の作とも言われる。中巻・末尾に欠巻あり。

[平安時代(1045~68年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 鈴木一雄

寝覚めては許されぬ愛に思い悩むヒロインを描いた女流文学の傑作

主人公は美少女・中の君(寝覚の上)。姉の許嫁と許されぬ一夜を契り、懐妊してしまう。義兄妹の許されぬ愛に、〈例の寝覚めの夜な夜な起き出でて……〉と、ヒロインは事あるごとに寝覚めては悩み苦しむ。文中、何度も登場する〈寝覚め〉の描写を通して、揺れる女心を描写する。『浜松中納言物語』と同じく、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)の作とも言われる。中巻・末尾に欠巻あり。

[平安時代(1045~68年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 鈴木一雄

狭衣物語
25 

狭衣物語

(さごろもものがたり)

源頼国の娘の禖子内親王宣旨(ばいしないしんのうせんじ)

光り輝く美貌の貴公子の悲恋を描いた王朝物語の秀作

〈いろいろに重ねては着じ人知れず思ひそめてし夜の狭衣〉と、主人公の狭衣の君は、従妹の源氏の宮への思慕の情を歌にするが、思いは拒絶される。以後、さまざまな女性と恋をするが、付き合う女性たちは皆身を破滅させ、狭衣の君の憂愁だけが深まっていく。悲恋を描いた平安後期の物語。『源氏物語』の影響が色濃く、その趣向を発展・高揚させたとの高い評価を得ている。

[平安時代(1077~81年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 小町谷照彦 後藤祥子

光り輝く美貌の貴公子の悲恋を描いた王朝物語の秀作

〈いろいろに重ねては着じ人知れず思ひそめてし夜の狭衣〉と、主人公の狭衣の君は、従妹の源氏の宮への思慕の情を歌にするが、思いは拒絶される。以後、さまざまな女性と恋をするが、付き合う女性たちは皆身を破滅させ、狭衣の君の憂愁だけが深まっていく。悲恋を描いた平安後期の物語。『源氏物語』の影響が色濃く、その趣向を発展・高揚させたとの高い評価を得ている。

[平安時代(1077~81年ごろ成立)][物語]

《校注・訳者/注解》 小町谷照彦 後藤祥子

栄花物語
26 

栄花物語

(えいがものがたり)

作者未詳

藤原道長の栄華を中心に、平安時代を編年体で記す歴史物語

宇多天皇(887年~897年在位)から堀河天皇(1087年~1107年在位)まで15代、約200年間の仮名文の編年史。権勢をふるった藤原道長のエピソードをはじめ、宮中の権力争いや貴族の生活、思想を、年代を追って描く。全40巻で、初めの30巻を正編、あとの10巻を続編とよび、正編の作者を女流歌人・赤染衛門(あかぞめえもん)とする説などがあるが正続ともに作者未詳。

[平安時代(正編1028~34年ごろ成立、続編1092~1107年ごろ成立)][物語(歴史物語)]

《校注・訳者/注解》 山中 裕 秋山 虔 池田尚隆 福長 進

藤原道長の栄華を中心に、平安時代を編年体で記す歴史物語

宇多天皇(887年~897年在位)から堀河天皇(1087年~1107年在位)まで15代、約200年間の仮名文の編年史。権勢をふるった藤原道長のエピソードをはじめ、宮中の権力争いや貴族の生活、思想を、年代を追って描く。全40巻で、初めの30巻を正編、あとの10巻を続編とよび、正編の作者を女流歌人・赤染衛門(あかぞめえもん)とする説などがあるが正続ともに作者未詳。

[平安時代(正編1028~34年ごろ成立、続編1092~1107年ごろ成立)][物語(歴史物語)]

《校注・訳者/注解》 山中 裕 秋山 虔 池田尚隆 福長 進

大鏡
27 

大鏡

(おおかがみ)

作者未詳

摂関家藤原氏の隆盛を描く人間ドラマ、傑出した歴史物語

道長の栄華を中心に、平安時代の出来事を、二老人の昔語りを歴史好きの若侍が批評する形で描いた紀伝体の歴史物語。虚構を交えながら逸話の積み重ねでつづる。文徳天皇の850年から後一条天皇の1025年まで、14代176年間の歴史を描いた。『大鏡』で用いられた、問答、座談形式の歴史叙述はその後の『今鏡』『水鏡』『増鏡』にも用いられ、これらを称して「鏡物(かがみもの)」という。

[平安時代(1086~1123年ごろ成立)][物語(歴史物語)]

《校注・訳者/注解》 橘 健二 加藤静子

摂関家藤原氏の隆盛を描く人間ドラマ、傑出した歴史物語

道長の栄華を中心に、平安時代の出来事を、二老人の昔語りを歴史好きの若侍が批評する形で描いた紀伝体の歴史物語。虚構を交えながら逸話の積み重ねでつづる。文徳天皇の850年から後一条天皇の1025年まで、14代176年間の歴史を描いた。『大鏡』で用いられた、問答、座談形式の歴史叙述はその後の『今鏡』『水鏡』『増鏡』にも用いられ、これらを称して「鏡物(かがみもの)」という。

[平安時代(1086~1123年ごろ成立)][物語(歴史物語)]

《校注・訳者/注解》 橘 健二 加藤静子

今昔物語集
28 

今昔物語集

(こんじゃくものがたりしゅう)

作者未詳

1000以上の説話を載せる、仏教&世俗説話の集大成

〈今昔(いまはむかし)……〉で始まる和漢混交文で書かれた1059の説話を、1~5巻「天竺(てんじく)部」(インド)、6~10巻「震旦(しんたん)部」(中国)、11~20巻「本朝(日本)仏法部」、21~31巻「本朝世俗部」の31巻で構成。このうち本朝仏法・世俗部を収録。内容は多岐にわたり、貴賎上下も老若男女も、はては犯罪者や霊鬼・妖怪まで跳梁暗躍する。編者成立年ともに未詳。

[平安時代(1120年以降成立)][説話]

《校注・訳者/注解》 馬淵和夫 国東文麿 稲垣泰一

1000以上の説話を載せる、仏教&世俗説話の集大成

〈今昔(いまはむかし)……〉で始まる和漢混交文で書かれた1059の説話を、1~5巻「天竺(てんじく)部」(インド)、6~10巻「震旦(しんたん)部」(中国)、11~20巻「本朝(日本)仏法部」、21~31巻「本朝世俗部」の31巻で構成。このうち本朝仏法・世俗部を収録。内容は多岐にわたり、貴賎上下も老若男女も、はては犯罪者や霊鬼・妖怪まで跳梁暗躍する。編者成立年ともに未詳。

[平安時代(1120年以降成立)][説話]

《校注・訳者/注解》 馬淵和夫 国東文麿 稲垣泰一

住吉物語
29 

住吉物語

(すみよしものがたり)

作者未詳

継母の執拗な妨害をかいくぐって掴み取る女の幸せ

『枕草子』や『源氏物語』の中でも、名がふれられている有名な物語で、原型は平安時代に成立か。原作は散逸し、現在残っているものは、鎌倉時代初期の改作と言われる。主人公は、中納言の姫君。継母は継子である中納言の姫君に求婚した四位少将を、自分の娘の夫にしようと企み、姫君の結婚を執拗に妨害する。最後は、長谷寺観音の霊験のおかげでハッピーエンド。

[平安時代~鎌倉時代初期][物語]

《校注・訳者/注解》 三角洋一

継母の執拗な妨害をかいくぐって掴み取る女の幸せ

『枕草子』や『源氏物語』の中でも、名がふれられている有名な物語で、原型は平安時代に成立か。原作は散逸し、現在残っているものは、鎌倉時代初期の改作と言われる。主人公は、中納言の姫君。継母は継子である中納言の姫君に求婚した四位少将を、自分の娘の夫にしようと企み、姫君の結婚を執拗に妨害する。最後は、長谷寺観音の霊験のおかげでハッピーエンド。

[平安時代~鎌倉時代初期][物語]

《校注・訳者/注解》 三角洋一

とりかへばや物語
30 

とりかへばや物語

(とりかえばやものがたり)

作者未詳

男装の姫君と女装の若君の波瀾万丈な宮廷生活を描く

権大納言に瓜二つの異母兄妹がいたが、兄は内気で人見知り。妹は外向的で活発。そんな二人を見て、父の権大納言は「とりかへばや」(二人を取り替えたいなあ)と思い、若君を娘、姫君を息子として育ててしまう――。性別が入れ替わった異母兄妹の数奇な運命を描いた物語。同性愛、ジェンダーの違和感など、今日的なテーマも描かれる。平安末期に成立したとされるが、作者は未詳。

[平安時代末期][物語]

《校注・訳者/注解》 石埜敬子

男装の姫君と女装の若君の波瀾万丈な宮廷生活を描く

権大納言に瓜二つの異母兄妹がいたが、兄は内気で人見知り。妹は外向的で活発。そんな二人を見て、父の権大納言は「とりかへばや」(二人を取り替えたいなあ)と思い、若君を娘、姫君を息子として育ててしまう――。性別が入れ替わった異母兄妹の数奇な運命を描いた物語。同性愛、ジェンダーの違和感など、今日的なテーマも描かれる。平安末期に成立したとされるが、作者は未詳。

[平安時代末期][物語]

《校注・訳者/注解》 石埜敬子

松浦宮物語
31 

松浦宮物語

(まつらのみやものがたり)

藤原定家

日本と中国を舞台にした藤原定家の構想広大な実験的小説

主人公の弁少将氏忠は、皇女との恋に破れ、失意の中、遣唐副使として唐に渡る。そこで、2人の貴女(皇帝の妹や后)と恋に落ち、さらには内乱に巻き込まれ、后の頼みで合戦に討って出ることに……。合戦シーンは、軍記物が流布する前に描かれたもので、当時としては珍しい。『無名草子』の記事により、作者は藤原定家と言われている。鎌倉時代初期に成立か。

[鎌倉時代初期][物語]

《校注・訳者/注解》 樋口芳麻呂

日本と中国を舞台にした藤原定家の構想広大な実験的小説

主人公の弁少将氏忠は、皇女との恋に破れ、失意の中、遣唐副使として唐に渡る。そこで、2人の貴女(皇帝の妹や后)と恋に落ち、さらには内乱に巻き込まれ、后の頼みで合戦に討って出ることに……。合戦シーンは、軍記物が流布する前に描かれたもので、当時としては珍しい。『無名草子』の記事により、作者は藤原定家と言われている。鎌倉時代初期に成立か。

[鎌倉時代初期][物語]

《校注・訳者/注解》 樋口芳麻呂

無名草子
32 

無名草子

(むみょうぞうし)

藤原俊成女

当時の美意識や志向がよくわかる日本最古の文芸評論集

老尼が、女房たちの語りあう話を聞いて記したという構成。『源氏物語』を中心に『狭衣物語』や『夜の寝覚』、『浜松中納言物語』などの物語、歌集、小野小町や清少納言、和泉式部、紫式部、皇后定子、上東門院などの女性論が語られる。散逸物語類を知る資料としても貴重。「建久物語」「無名物語」などの別名がある。作者は藤原俊成女(むすめ)と言われている。

[鎌倉時代(1198~02年ごろ成立)][文芸評論]

《校注・訳者/注解》 久保木哲夫

当時の美意識や志向がよくわかる日本最古の文芸評論集

老尼が、女房たちの語りあう話を聞いて記したという構成。『源氏物語』を中心に『狭衣物語』や『夜の寝覚』、『浜松中納言物語』などの物語、歌集、小野小町や清少納言、和泉式部、紫式部、皇后定子、上東門院などの女性論が語られる。散逸物語類を知る資料としても貴重。「建久物語」「無名物語」などの別名がある。作者は藤原俊成女(むすめ)と言われている。

[鎌倉時代(1198~02年ごろ成立)][文芸評論]

《校注・訳者/注解》 久保木哲夫

将門記
33 

将門記

(しょうもんき)

作者未詳

関東一円を征服して「新皇」と名乗った平将門の半生

承平天慶の乱(平将門の乱)を中心に描いた、独立した形の日本最初の軍記物。合戦を主題とした一個の文学作品とも言える。平将門が関東の同族と争った理由から筆をおこし、朝廷に反逆し、やがて敗死するまでの経緯を漢文体で詳細に記す。物語の最後には、冥界からの将門の消息も載せる。「まさかどき」とも読み、「将門合戦状」「将門合戦章」ともよばれた。

[平安時代(940年ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 柳瀬喜代志 矢代和夫 松林靖明

関東一円を征服して「新皇」と名乗った平将門の半生

承平天慶の乱(平将門の乱)を中心に描いた、独立した形の日本最初の軍記物。合戦を主題とした一個の文学作品とも言える。平将門が関東の同族と争った理由から筆をおこし、朝廷に反逆し、やがて敗死するまでの経緯を漢文体で詳細に記す。物語の最後には、冥界からの将門の消息も載せる。「まさかどき」とも読み、「将門合戦状」「将門合戦章」ともよばれた。

[平安時代(940年ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 柳瀬喜代志 矢代和夫 松林靖明

陸奥話記
34 

陸奥話記

(むつわき)

作者未詳

奥州・前九年の役の一部始終を描いた軍記物のはしり

平安時代後期の1051年から1062年にかけて奥州・陸奥(岩手県・青森県)で豪族・安倍頼時とその子貞任・宗任らが起こした反乱――前九年の役(奥州十二年合戦)の顛末を漢文体で描いた軍記物。反乱平定に派遣された陸奥守兼鎮守将軍の源頼義とその嫡男・義家が、安倍氏を攻め滅ぼすまでを描く。『将門記』とともに軍記文学のはしりで、「陸奥物語」「奥州合戦記」ともよばれた。

[平安時代(1162年ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 柳瀬喜代志 矢代和夫 松林靖明

奥州・前九年の役の一部始終を描いた軍記物のはしり

平安時代後期の1051年から1062年にかけて奥州・陸奥(岩手県・青森県)で豪族・安倍頼時とその子貞任・宗任らが起こした反乱――前九年の役(奥州十二年合戦)の顛末を漢文体で描いた軍記物。反乱平定に派遣された陸奥守兼鎮守将軍の源頼義とその嫡男・義家が、安倍氏を攻め滅ぼすまでを描く。『将門記』とともに軍記文学のはしりで、「陸奥物語」「奥州合戦記」ともよばれた。

[平安時代(1162年ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 柳瀬喜代志 矢代和夫 松林靖明

保元物語
35 

保元物語

(ほうげんものがたり)

作者未詳

保元の乱の悲劇のヒーロー、強弓・鎮西八郎為朝の活躍が光る

保元元年(1156)に京都で起きた保元の乱を題材に、和漢混交文で書かれた全3巻の軍記物。皇位継承権問題をきっかけに、崇徳上皇と後白河天皇が対立し、崇徳側には藤原頼長、源為義、平忠正らが、後白河側には源義朝(よしとも)・平清盛らがつき、親子・兄弟が敵味方に分かれて闘った。敗軍・崇徳側の源為朝(ためとも)の活躍や、敗者の悲劇が克明に描かれる。琵琶法師たちによって流布した。

[鎌倉時代(1219~22年ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 信太 周 犬井善壽

保元の乱の悲劇のヒーロー、強弓・鎮西八郎為朝の活躍が光る

保元元年(1156)に京都で起きた保元の乱を題材に、和漢混交文で書かれた全3巻の軍記物。皇位継承権問題をきっかけに、崇徳上皇と後白河天皇が対立し、崇徳側には藤原頼長、源為義、平忠正らが、後白河側には源義朝(よしとも)・平清盛らがつき、親子・兄弟が敵味方に分かれて闘った。敗軍・崇徳側の源為朝(ためとも)の活躍や、敗者の悲劇が克明に描かれる。琵琶法師たちによって流布した。

[鎌倉時代(1219~22年ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 信太 周 犬井善壽

平治物語
36 

平治物語

(へいじものがたり)

作者未詳

義経の母・常葉(ときわ)の悲しい運命も描かれる

勢力を拡大していた平清盛に対し、源義朝(よしとも)らが挙兵。清盛側が勝利し、源氏は衰退、平氏政権が興る――。保元の乱の3年後に京都で起きた内乱、平治の乱だ。この乱での源平の戦闘を中心に、和漢混交文で描く軍記物。琵琶法師たちによって語られた。「保元物語」「平家物語」「承久記」とあわせ、「四部合戦状」(四部之合戦書)とも称される。作者、成立年ともに未詳。

[鎌倉時代初期~中期][軍記]

《校注・訳者/注解》 信太 周 犬井善壽

義経の母・常葉(ときわ)の悲しい運命も描かれる

勢力を拡大していた平清盛に対し、源義朝(よしとも)らが挙兵。清盛側が勝利し、源氏は衰退、平氏政権が興る――。保元の乱の3年後に京都で起きた内乱、平治の乱だ。この乱での源平の戦闘を中心に、和漢混交文で描く軍記物。琵琶法師たちによって語られた。「保元物語」「平家物語」「承久記」とあわせ、「四部合戦状」(四部之合戦書)とも称される。作者、成立年ともに未詳。

[鎌倉時代初期~中期][軍記]

《校注・訳者/注解》 信太 周 犬井善壽

神楽歌
37 

神楽歌

(かぐらうた)

作者未詳

古くから平安宮廷や民間でうたわれていた日本独特の神事歌謡

平安宮廷の「神楽歌」を集めて載せる。神楽歌は、日本独特の歌舞芸能で、神楽の際にうたわれる神歌や民謡のこと。その種類は、庭火(にわび)・採物(とりもの)・大前張(おおさいばり)・小前張(こさいばり)・明星(あかぼし)などがある。収録する神楽歌は、採物の榊(さかき)、幣(みてぐら)、杖(つえ)、大前張の宮人(みやびと)、難波潟(なにわがた)など。

[平安時代][歌謡]

《校注・訳者/注解》 臼田甚五郎

古くから平安宮廷や民間でうたわれていた日本独特の神事歌謡

平安宮廷の「神楽歌」を集めて載せる。神楽歌は、日本独特の歌舞芸能で、神楽の際にうたわれる神歌や民謡のこと。その種類は、庭火(にわび)・採物(とりもの)・大前張(おおさいばり)・小前張(こさいばり)・明星(あかぼし)などがある。収録する神楽歌は、採物の榊(さかき)、幣(みてぐら)、杖(つえ)、大前張の宮人(みやびと)、難波潟(なにわがた)など。

[平安時代][歌謡]

《校注・訳者/注解》 臼田甚五郎

催馬楽
38 

催馬楽

(さいばら)

作者未詳

民謡や流行歌を雅楽のメロディでうたう宮廷歌謡

上代の民謡の歌詞や、地方民謡、流行歌謡の歌詞を、雅楽(唐楽)の曲調に当てはめたもの。10~11世紀にかけて全盛。笏拍子(しゃくびょうし)を打って歌い、笛などを伴奏に用いた。古譜のかたちで今に伝わる。収録する催馬楽は、「律歌(りつのうた)」の東屋(あずまや)、我門(わがかどに)、伊勢海(いせのうみ)、「呂歌(りょのうた)」の梅枝(うめがえ)、総角(あげまき)など。

[平安時代初期][歌謡]

《校注・訳者/注解》 臼田甚五郎

民謡や流行歌を雅楽のメロディでうたう宮廷歌謡

上代の民謡の歌詞や、地方民謡、流行歌謡の歌詞を、雅楽(唐楽)の曲調に当てはめたもの。10~11世紀にかけて全盛。笏拍子(しゃくびょうし)を打って歌い、笛などを伴奏に用いた。古譜のかたちで今に伝わる。収録する催馬楽は、「律歌(りつのうた)」の東屋(あずまや)、我門(わがかどに)、伊勢海(いせのうみ)、「呂歌(りょのうた)」の梅枝(うめがえ)、総角(あげまき)など。

[平安時代初期][歌謡]

《校注・訳者/注解》 臼田甚五郎

梁塵秘抄
39 

梁塵秘抄

(りょうじんひしょう)

後白河法皇編

後白河院が自ら編纂した当時のヒット曲の歌詞集

「今様(いまよう)」などの雑芸の歌謡集で、後白河法皇が編纂した。今様とは、平安時代後期から広い階層に愛唱された歌のことで、「今様歌」の名は『紫式部日記』や『枕草子』などにもみえる。遊女(あそびめ)、遊芸人、傀儡(くぐつ)、巫女(みこ)などがうたって広めた。全20巻のうち、巻一(巻頭の断簡)、巻二(全体)、口伝集巻一(巻頭の断簡)、口伝集巻十(全体)が現存する。

[平安時代(12世紀後半成立)][歌謡]

《校注・訳者/注解》 新間進一 外村南都子

後白河院が自ら編纂した当時のヒット曲の歌詞集

「今様(いまよう)」などの雑芸の歌謡集で、後白河法皇が編纂した。今様とは、平安時代後期から広い階層に愛唱された歌のことで、「今様歌」の名は『紫式部日記』や『枕草子』などにもみえる。遊女(あそびめ)、遊芸人、傀儡(くぐつ)、巫女(みこ)などがうたって広めた。全20巻のうち、巻一(巻頭の断簡)、巻二(全体)、口伝集巻一(巻頭の断簡)、口伝集巻十(全体)が現存する。

[平安時代(12世紀後半成立)][歌謡]

《校注・訳者/注解》 新間進一 外村南都子

閑吟集
40 

閑吟集

(かんぎんしゅう)

作者未詳

小歌や猿楽など鎌倉・室町の恋の歌を集めた歌謡集

鎌倉、室町時代の代表的な小歌(こうた)226首と、猿楽の謡(大和節)、田楽(でんがく)節、放下(ほうか)歌、早歌(そうが)、狂言小歌など合わせて311首を収める。内容は、恋の歌が大半を占める。狂言歌謡に着目し、日本最古の狂言歌謡集という見方もある。仮名序に〈ここに一人の桑門(よすてびと)あり、富士の遠望をたよりに庵をむすびて、十余歳の雪を窓に積む〉とあるが、編者未詳。

[室町時代(1518年成立)][歌謡]

《校注・訳者/注解》 徳江元正

小歌や猿楽など鎌倉・室町の恋の歌を集めた歌謡集

鎌倉、室町時代の代表的な小歌(こうた)226首と、猿楽の謡(大和節)、田楽(でんがく)節、放下(ほうか)歌、早歌(そうが)、狂言小歌など合わせて311首を収める。内容は、恋の歌が大半を占める。狂言歌謡に着目し、日本最古の狂言歌謡集という見方もある。仮名序に〈ここに一人の桑門(よすてびと)あり、富士の遠望をたよりに庵をむすびて、十余歳の雪を窓に積む〉とあるが、編者未詳。

[室町時代(1518年成立)][歌謡]

《校注・訳者/注解》 徳江元正

新古今和歌集
41 

新古今和歌集

(しんこきんわかしゅう)

源通具、藤原定家、寂蓮ほか編

繊細で優雅な調べ――源平の争乱のさなかに編まれた勅撰集

後鳥羽院の命によって編まれた、第八番目の勅撰和歌集。撰者は源通具(みちとも)、藤原有家(ありいえ)、藤原定家、藤原家隆(いえたか)、藤原雅経(まさつね)、寂蓮(じゃくれん)。優雅で繊細な調べ、耽美的な歌風は「新古今調」といわれ、万葉調・古今調と並ぶ「三大歌風」のひとつとして尊重された。歌数約2000首。代表歌人は西行や慈円、藤原良経など。

[鎌倉時代(1205年成立)][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 峯村文人

繊細で優雅な調べ――源平の争乱のさなかに編まれた勅撰集

後鳥羽院の命によって編まれた、第八番目の勅撰和歌集。撰者は源通具(みちとも)、藤原有家(ありいえ)、藤原定家、藤原家隆(いえたか)、藤原雅経(まさつね)、寂蓮(じゃくれん)。優雅で繊細な調べ、耽美的な歌風は「新古今調」といわれ、万葉調・古今調と並ぶ「三大歌風」のひとつとして尊重された。歌数約2000首。代表歌人は西行や慈円、藤原良経など。

[鎌倉時代(1205年成立)][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 峯村文人

方丈記
42 

方丈記

(ほうじょうき)

鴨長明

人の世の無常を流麗な文体で記す、中世を代表する随筆

〈ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず〉の書き出しで有名な、鎌倉時代の仏教的随筆。50歳のころに出家した鴨長明が都(京都)の郊外(日野山)の庵に隠棲し、そこで体験したことをつづったもの。世の無常さ、庵での日常、天災(大火、辻風、大地震など)や飢饉、遷都などが、和漢混交文で簡明に書かれている。一丈四方(方丈)の狭い庵を結んだことから、「方丈記」という。

[鎌倉時代(1212年成立)][随筆]

《校注・訳者/注解》 神田秀夫

人の世の無常を流麗な文体で記す、中世を代表する随筆

〈ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず〉の書き出しで有名な、鎌倉時代の仏教的随筆。50歳のころに出家した鴨長明が都(京都)の郊外(日野山)の庵に隠棲し、そこで体験したことをつづったもの。世の無常さ、庵での日常、天災(大火、辻風、大地震など)や飢饉、遷都などが、和漢混交文で簡明に書かれている。一丈四方(方丈)の狭い庵を結んだことから、「方丈記」という。

[鎌倉時代(1212年成立)][随筆]

《校注・訳者/注解》 神田秀夫

徒然草
43 

徒然草

(つれづれぐさ)

卜部兼好(吉田兼好)

心に浮かぶままを簡潔につづった鎌倉時代末期の名随筆

〈つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を〉思いつくまま書き記したという卜部兼好(うらべかねよし)による随筆。江戸時代になって広く読まれるようになり、吉田兼好という俗称が一般的になった。全244段で構成され、無常観に基づく人生観、世相観、趣味などが、切れのいい和漢混交文と和文で記される。『枕草子』、『方丈記』と並び、「日本三大随筆」のひとつ。

[鎌倉時代(1330~31年ごろ成立か)][随筆]

《校注・訳者/注解》 永積安明

心に浮かぶままを簡潔につづった鎌倉時代末期の名随筆

〈つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を〉思いつくまま書き記したという卜部兼好(うらべかねよし)による随筆。江戸時代になって広く読まれるようになり、吉田兼好という俗称が一般的になった。全244段で構成され、無常観に基づく人生観、世相観、趣味などが、切れのいい和漢混交文と和文で記される。『枕草子』、『方丈記』と並び、「日本三大随筆」のひとつ。

[鎌倉時代(1330~31年ごろ成立か)][随筆]

《校注・訳者/注解》 永積安明

正法眼蔵随聞記
44 

正法眼蔵随聞記

(しょうぼうげんぞうずいもんき)

孤雲懐奘

鎌倉仏教のひとつ、曹洞宗の開祖・道元の法語を平易にまとめる

中国(宋)での修業を終え、悟りを開いた道元は、最初の曹洞禅の道場を京都深草の興聖寺に開く。そこで語られた法語を、弟子の孤雲懐奘(こうんえじょう)が聞くに随(したが)って筆録したもので(ゆえに「随聞記」)、仏道修行についての心構えや覚悟が、平易に説かれている。懐奘はのちに道元のあとを受け、曹洞宗の本山・永平寺の二世となった。

[鎌倉時代(1235~38年ごろ成立)][法語集(仏書)]

《校注・訳者/注解》 安良岡康作

鎌倉仏教のひとつ、曹洞宗の開祖・道元の法語を平易にまとめる

中国(宋)での修業を終え、悟りを開いた道元は、最初の曹洞禅の道場を京都深草の興聖寺に開く。そこで語られた法語を、弟子の孤雲懐奘(こうんえじょう)が聞くに随(したが)って筆録したもので(ゆえに「随聞記」)、仏道修行についての心構えや覚悟が、平易に説かれている。懐奘はのちに道元のあとを受け、曹洞宗の本山・永平寺の二世となった。

[鎌倉時代(1235~38年ごろ成立)][法語集(仏書)]

《校注・訳者/注解》 安良岡康作

歎異抄
45 

歎異抄

(たんにしょう)

作者未詳

浄土真宗の開祖・親鸞の「悪人正機説」の教えを説く

親鸞の死後、親鸞の意図に沿わない信徒たちを見て嘆いた直系の弟子が、親鸞の本意を改めて語ろうとした。〈善人なほもつて、往生を遂ぐ。況んや、悪人をや〉(善人でさえやはり、往生を果すのだ。まして、悪人は言うまでもないことだ)の一文は特に有名。作者は、親鸞に師事した唯円といわれる。しばらく禁書扱いされていたが、今では浄土真宗の重要な聖典のひとつ。

[鎌倉時代(1288年ごろ成立)][法語集(仏書)]

《校注・訳者/注解》 安良岡康作

浄土真宗の開祖・親鸞の「悪人正機説」の教えを説く

親鸞の死後、親鸞の意図に沿わない信徒たちを見て嘆いた直系の弟子が、親鸞の本意を改めて語ろうとした。〈善人なほもつて、往生を遂ぐ。況んや、悪人をや〉(善人でさえやはり、往生を果すのだ。まして、悪人は言うまでもないことだ)の一文は特に有名。作者は、親鸞に師事した唯円といわれる。しばらく禁書扱いされていたが、今では浄土真宗の重要な聖典のひとつ。

[鎌倉時代(1288年ごろ成立)][法語集(仏書)]

《校注・訳者/注解》 安良岡康作

平家物語
46 

平家物語

(へいけものがたり)

作者未詳

平清盛を中心とした平家一門の栄枯盛衰を描く軍記物語

〈祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常の響あり……〉の書き出しで始まる、全12巻の軍記物語。1180~1184年に展開された源平合戦の描写を軸に、平清盛を中心とした平家一門の興亡を、仏教的無常観に基づき叙事詩的に記す。平曲として琵琶法師によって語られた。信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)作との説があるも、作者、成立年ともに未詳。

[鎌倉時代(13世紀前半ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 市古貞次

平清盛を中心とした平家一門の栄枯盛衰を描く軍記物語

〈祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常の響あり……〉の書き出しで始まる、全12巻の軍記物語。1180~1184年に展開された源平合戦の描写を軸に、平清盛を中心とした平家一門の興亡を、仏教的無常観に基づき叙事詩的に記す。平曲として琵琶法師によって語られた。信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)作との説があるも、作者、成立年ともに未詳。

[鎌倉時代(13世紀前半ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 市古貞次

建礼門院右京大夫集
47 

建礼門院右京大夫集

(けんれいもんいんうきょうのだいぶしゅう)

右京大夫

平家の恋人との恋と別離を詠んだ、追慕の歌

高倉天皇の中宮、建礼門院(平清盛の娘の平徳子)に仕えた女房、右京大夫の私家集。〈ただ、あはれにも、悲しくも、何となく忘れがたく覚ゆることども〉を、約360首の和歌に詠んで年代順に詞書とともに、日記的におさめた。右京大夫は平家嫡流の平重盛の子、資盛(すけもり)と恋に落ちるが、資盛は源平の合戦で戦死。かつての争乱の時代を、恋愛と別離を軸に回顧する。

[鎌倉時代(1232年ごろ成立)][歌集(私家集)]

《校注・訳者/注解》 久保田 淳

平家の恋人との恋と別離を詠んだ、追慕の歌

高倉天皇の中宮、建礼門院(平清盛の娘の平徳子)に仕えた女房、右京大夫の私家集。〈ただ、あはれにも、悲しくも、何となく忘れがたく覚ゆることども〉を、約360首の和歌に詠んで年代順に詞書とともに、日記的におさめた。右京大夫は平家嫡流の平重盛の子、資盛(すけもり)と恋に落ちるが、資盛は源平の合戦で戦死。かつての争乱の時代を、恋愛と別離を軸に回顧する。

[鎌倉時代(1232年ごろ成立)][歌集(私家集)]

《校注・訳者/注解》 久保田 淳

とはずがたり
48 

とはずがたり

(とわずがたり)

後深草院二条

後深草院の寵を受けつつ奔放な愛に生きた女性の自伝的日記

後の南北朝の対立の萌芽が出始めていた頃、14歳でその一方の側の後深草院の寵愛を受けた女性――後深草(ごふかくさ)院二条が、深草院の寵愛を受けながら廷臣や高僧とも関係を結ぶ男性遍歴や華やかな宮廷生活を描いた前編と、31歳で出家し、諸国行脚の旅に出た後編からなる。中世女流日記文学の最高傑作と評価が高く、資料性にも優れる。

[鎌倉時代(1306~13年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 久保田 淳

後深草院の寵を受けつつ奔放な愛に生きた女性の自伝的日記

後の南北朝の対立の萌芽が出始めていた頃、14歳でその一方の側の後深草院の寵愛を受けた女性――後深草(ごふかくさ)院二条が、深草院の寵愛を受けながら廷臣や高僧とも関係を結ぶ男性遍歴や華やかな宮廷生活を描いた前編と、31歳で出家し、諸国行脚の旅に出た後編からなる。中世女流日記文学の最高傑作と評価が高く、資料性にも優れる。

[鎌倉時代(1306~13年ごろ成立)][日記]

《校注・訳者/注解》 久保田 淳

中世日記紀行集
49 

中世日記紀行集

(ちゅうせいにっききこうしゅう)

阿仏尼、今川了俊、正徹、宗長、細川幽斎ほか

鎌倉・室町時代を代表する日記紀行文学の名作集

京都・鎌倉間の旅を中心に描く、鎌倉時代に成立した紀行『海道記』、『東関紀行』、『信生法師日記』、『春の深山路』、『十六夜日記』、宮中の行事を記した『弁内侍日記』、14世紀後半から16世紀後半に成立した紀行、今川了俊の『道行きぶり』、『なぐさみ草』、『覧富士記』、宗長の『東路のつと』、『吉野詣記』、『九州道の記』、『九州の道の記』の全13編を収録する、日記紀行文学の名作集。

[鎌倉時代~安土桃山時代][日記紀行]

《校注・訳者/注解》 長崎 健 外村南都子 岩佐美代子 稲田利徳 伊藤 敬

鎌倉・室町時代を代表する日記紀行文学の名作集

京都・鎌倉間の旅を中心に描く、鎌倉時代に成立した紀行『海道記』、『東関紀行』、『信生法師日記』、『春の深山路』、『十六夜日記』、宮中の行事を記した『弁内侍日記』、14世紀後半から16世紀後半に成立した紀行、今川了俊の『道行きぶり』、『なぐさみ草』、『覧富士記』、宗長の『東路のつと』、『吉野詣記』、『九州道の記』、『九州の道の記』の全13編を収録する、日記紀行文学の名作集。

[鎌倉時代~安土桃山時代][日記紀行]

《校注・訳者/注解》 長崎 健 外村南都子 岩佐美代子 稲田利徳 伊藤 敬

中世和歌集
50 

中世和歌集

(ちゅうせいわかしゅう)

西行、源実朝、藤原定家ほか

西行から松永貞徳まで約200歌人の秀歌約1300首をおさめる

西行や正徹(しょうてつ)、藤原定家や京極派の歌人などの、中世を代表する和歌をおさめる。収録する和歌集(部分収録)は、鎌倉3代将軍源実朝の私家集『金槐和歌集』、勅撰集の『千載和歌集』(7番目)、『新勅撰和歌集』(9番目)、『続後撰和歌集』(10番目)、『玉葉和歌集』(14番目)、『風雅和歌集』(17番目)、『新続古今和歌集』(21番目)、準勅撰集の『新葉和歌集』、細川幽斎の家集『衆妙集』など。

[鎌倉時代~江戸時代前期][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 井上宗雄

西行から松永貞徳まで約200歌人の秀歌約1300首をおさめる

西行や正徹(しょうてつ)、藤原定家や京極派の歌人などの、中世を代表する和歌をおさめる。収録する和歌集(部分収録)は、鎌倉3代将軍源実朝の私家集『金槐和歌集』、勅撰集の『千載和歌集』(7番目)、『新勅撰和歌集』(9番目)、『続後撰和歌集』(10番目)、『玉葉和歌集』(14番目)、『風雅和歌集』(17番目)、『新続古今和歌集』(21番目)、準勅撰集の『新葉和歌集』、細川幽斎の家集『衆妙集』など。

[鎌倉時代~江戸時代前期][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 井上宗雄

宇治拾遺物語
51 

宇治拾遺物語

(うじしゅういものがたり)

作者未詳

鎌倉時代の生活がうかがえる、笑いや恋愛、怪異を詰め込んだ説話集

宮廷人から庶民に至るまで幅広い階層の話を、ユーモラスに生き生きと伝える。全197話。「鬼に瘤取らるる事」(こぶとり爺さん)、「雀報恩の事」(舌切り雀)、「長谷寺参籠の男、利生にあづかる事」(わらしべ長者)のように昔話の元となったり、「鼻長き僧の事」(鼻)、「利仁、芋粥の事」(芋粥)など芥川龍之介の短編の元となったりと、時代を超えて読み継がれている。編者不詳。

[鎌倉時代(1213~21年ごろ成立)][説話]

《校注・訳者/注解》 小林保治 増古和子

鎌倉時代の生活がうかがえる、笑いや恋愛、怪異を詰め込んだ説話集

宮廷人から庶民に至るまで幅広い階層の話を、ユーモラスに生き生きと伝える。全197話。「鬼に瘤取らるる事」(こぶとり爺さん)、「雀報恩の事」(舌切り雀)、「長谷寺参籠の男、利生にあづかる事」(わらしべ長者)のように昔話の元となったり、「鼻長き僧の事」(鼻)、「利仁、芋粥の事」(芋粥)など芥川龍之介の短編の元となったりと、時代を超えて読み継がれている。編者不詳。

[鎌倉時代(1213~21年ごろ成立)][説話]

《校注・訳者/注解》 小林保治 増古和子

十訓抄
52 

十訓抄

(じっくんしょう)

作者未詳

逸話・文献をもとに十の徳目=処世術を説く鎌倉時代の説話集

「人に恵(めぐみ)を施すべき事」、「人の上を誡(いまし)むべき事」、「朋友(ほういう)を撰(えら)ぶべき事」「思慮を専らにすべき事」、「諸事を堪忍すべき事」など、現代にも通ずる10項目の処世術が説話を通して紹介される。年少者に向けて書かれており、内容は具体的で実践的。詩歌管絃の話やユーモア話など佳話が多い。編者は未詳だが、菅原為長説と六波羅二臈左衛門入道説がある。

[鎌倉時代(1252年成立)][説話]

《校注・訳者/注解》 浅見和彦

逸話・文献をもとに十の徳目=処世術を説く鎌倉時代の説話集

「人に恵(めぐみ)を施すべき事」、「人の上を誡(いまし)むべき事」、「朋友(ほういう)を撰(えら)ぶべき事」「思慮を専らにすべき事」、「諸事を堪忍すべき事」など、現代にも通ずる10項目の処世術が説話を通して紹介される。年少者に向けて書かれており、内容は具体的で実践的。詩歌管絃の話やユーモア話など佳話が多い。編者は未詳だが、菅原為長説と六波羅二臈左衛門入道説がある。

[鎌倉時代(1252年成立)][説話]

《校注・訳者/注解》 浅見和彦

沙石集
53 

沙石集

(しゃせきしゅう)

無住道暁

中世の庶民生活や地方の珍話、滑稽な人間模様を描く仏教説話集

全10巻からなる鎌倉時代の仏教説話集。和歌説話、動物説話、因果応報説話、笑話、艶話、世間話など題材は多彩で、地方の珍話など実際に取材した話も数多く、地方や庶民の生活が活写される。仏教論理を「砂や石」(=沙石)のような卑近な例えで説くという意味で、「沙石集」。著者は臨済宗の僧、無住道暁(無住一円)。1279年に書き始め4年後に成立。以後、改訂が繰り返された。

[鎌倉時代(1283年成立)][説話(仏教説話)]

《校注・訳者/注解》 小島孝之

中世の庶民生活や地方の珍話、滑稽な人間模様を描く仏教説話集

全10巻からなる鎌倉時代の仏教説話集。和歌説話、動物説話、因果応報説話、笑話、艶話、世間話など題材は多彩で、地方の珍話など実際に取材した話も数多く、地方や庶民の生活が活写される。仏教論理を「砂や石」(=沙石)のような卑近な例えで説くという意味で、「沙石集」。著者は臨済宗の僧、無住道暁(無住一円)。1279年に書き始め4年後に成立。以後、改訂が繰り返された。

[鎌倉時代(1283年成立)][説話(仏教説話)]

《校注・訳者/注解》 小島孝之

曾我物語
54 

曾我物語

(そがものがたり)

作者未詳

幼くして父を殺された曾我兄弟の悲しい仇討ちの物語

曾我祐成(すけなり、幼名・一万)と曾我時致(ときむね、幼名・箱王)の兄弟が、源頼朝による富士の巻狩りの際に父親の仇・工藤祐経(すけつね)を討った実際の仇討ち事件を元にする、一大軍記物語。物語では、曾我兄弟の生い立ちから、仇討ちまでの18年間の苦難、兄弟が倒れてからの母の悲しみが描かれる。後世の曾我物の題材となった。曾我物語の発祥をめぐる民俗学的研究も盛ん。

[鎌倉末期~南北朝時代][軍記]

《校注・訳者/注解》 梶原正昭 大津雄一 野中哲照

幼くして父を殺された曾我兄弟の悲しい仇討ちの物語

曾我祐成(すけなり、幼名・一万)と曾我時致(ときむね、幼名・箱王)の兄弟が、源頼朝による富士の巻狩りの際に父親の仇・工藤祐経(すけつね)を討った実際の仇討ち事件を元にする、一大軍記物語。物語では、曾我兄弟の生い立ちから、仇討ちまでの18年間の苦難、兄弟が倒れてからの母の悲しみが描かれる。後世の曾我物の題材となった。曾我物語の発祥をめぐる民俗学的研究も盛ん。

[鎌倉末期~南北朝時代][軍記]

《校注・訳者/注解》 梶原正昭 大津雄一 野中哲照

太平記
55 

太平記

(たいへいき)

作者未詳

鎌倉末期から南北朝時代の約50年間の動乱を描いた軍記物語

鎌倉末期、後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕計画から南北朝中期(足利義満の時代)までの約50年間の争乱を、和漢混交文でいきいきと描いた、全40巻の軍記物語。軍記物最大の長編。政治や社会に対する批判も縦横に描かれる。謡曲、浄瑠璃、草双紙類などのちの作品にも影響を与えた。成立には、僧の玄慧(げんね)や恵鎮(えちん)が関わったとされ、小島法師の作とも伝えられるが未詳。

[南北朝時代(1368~75年ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 長谷川 端

鎌倉末期から南北朝時代の約50年間の動乱を描いた軍記物語

鎌倉末期、後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕計画から南北朝中期(足利義満の時代)までの約50年間の争乱を、和漢混交文でいきいきと描いた、全40巻の軍記物語。軍記物最大の長編。政治や社会に対する批判も縦横に描かれる。謡曲、浄瑠璃、草双紙類などのちの作品にも影響を与えた。成立には、僧の玄慧(げんね)や恵鎮(えちん)が関わったとされ、小島法師の作とも伝えられるが未詳。

[南北朝時代(1368~75年ごろ成立)][軍記]

《校注・訳者/注解》 長谷川 端

謡曲集
56 

謡曲集

(ようきょくしゅう)

観阿弥、世阿弥、金春禅竹ほか

世界でもっとも長い演劇である「能」の総合的な手引き書

「謡曲」とは、観阿弥、世阿弥らによって室町時代に完成された能楽の詞章のこと。高砂(たかさご)などの「脇能」(初番目物、神)、八島(やしま)などの「修羅物」(二番目物、男)、熊野(ゆや)などの「鬘物」(三番目物、女)、西行桜(さいぎゃうざくら)などの「四番目物」(雑物、狂)、鵺(ぬえ)などの「切能」(五番目物、鬼)約80の代表的な謡曲を収録。上演時の各流派の舞台上の動きも解説。

[南北朝時代~室町時代末期][能狂言]

《校注・訳者/注解》 小山弘志 佐藤健一郎

世界でもっとも長い演劇である「能」の総合的な手引き書

「謡曲」とは、観阿弥、世阿弥らによって室町時代に完成された能楽の詞章のこと。高砂(たかさご)などの「脇能」(初番目物、神)、八島(やしま)などの「修羅物」(二番目物、男)、熊野(ゆや)などの「鬘物」(三番目物、女)、西行桜(さいぎゃうざくら)などの「四番目物」(雑物、狂)、鵺(ぬえ)などの「切能」(五番目物、鬼)約80の代表的な謡曲を収録。上演時の各流派の舞台上の動きも解説。

[南北朝時代~室町時代末期][能狂言]

《校注・訳者/注解》 小山弘志 佐藤健一郎

狂言集
57 

狂言集

(きょうげんしゅう)

作者未詳

笑いの芸能として室町時代に成立し発展した狂言

能と深い関係を持ち、南北朝時代に発生した中世的庶民喜劇、狂言。「脇狂言」の末広かり、松楪(まつゆずりは)、「大名狂言」の粟田口(あわたぐち))、「小名狂言」の素袍落(すおうおとし)、附子(ぶす)、「聟女狂言」の貰聟(もらいむこ)、「鬼山伏狂言」の朝比奈、「出家座頭狂言」の宗論、「集(あつめ)狂言」の蜘盗人(くもぬすびと)など、全38番をおさめる。狂言絵や舞台写真、演出面の詳注もあり。

[南北朝時代~江戸時代][能狂言]

《校注・訳者/注解》 北川忠彦 安田 章

笑いの芸能として室町時代に成立し発展した狂言

能と深い関係を持ち、南北朝時代に発生した中世的庶民喜劇、狂言。「脇狂言」の末広かり、松楪(まつゆずりは)、「大名狂言」の粟田口(あわたぐち))、「小名狂言」の素袍落(すおうおとし)、附子(ぶす)、「聟女狂言」の貰聟(もらいむこ)、「鬼山伏狂言」の朝比奈、「出家座頭狂言」の宗論、「集(あつめ)狂言」の蜘盗人(くもぬすびと)など、全38番をおさめる。狂言絵や舞台写真、演出面の詳注もあり。

[南北朝時代~江戸時代][能狂言]

《校注・訳者/注解》 北川忠彦 安田 章

連歌集
58 

連歌集

(れんがしゅう)

宗祇、宗長、里村紹巴ほか

鎌倉から江戸初期にかけて流行した座の文学、連歌

連歌は和歌から派生し中世に広く流行した。短歌の上の句と下の句を交互に複数人で詠む。南北朝時代の『文和(ぶんな)千句第一百韻』、宗祇(そうぎ)、肖柏(しょうはく)、宗長(そうちょう)による『水無瀬三吟百韻(みなせさんぎんひゃくいん)』や『湯山三吟百韻』、室町末期の連歌師の谷宗養(そうよう)と里村紹巴(じょうは)による『宗養紹巴永原百韻』など、7作品をおさめる。

[南北朝時代~室町時代末期][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 金子金治郎

鎌倉から江戸初期にかけて流行した座の文学、連歌

連歌は和歌から派生し中世に広く流行した。短歌の上の句と下の句を交互に複数人で詠む。南北朝時代の『文和(ぶんな)千句第一百韻』、宗祇(そうぎ)、肖柏(しょうはく)、宗長(そうちょう)による『水無瀬三吟百韻(みなせさんぎんひゃくいん)』や『湯山三吟百韻』、室町末期の連歌師の谷宗養(そうよう)と里村紹巴(じょうは)による『宗養紹巴永原百韻』など、7作品をおさめる。

[南北朝時代~室町時代末期][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 金子金治郎

俳諧集
59 

俳諧集

(はいかいしゅう)

松永貞徳、井原西鶴、与謝蕪村ほか

井原西鶴や与謝蕪村らが言葉と戯れる、江戸の俳諧

俳諧はもともと「滑稽な連歌」だったが、15世紀以降連歌から独立。江戸時代に入り松永貞徳を盟主とする貞門(ていもん)の俳諧が全国的規模で広がった。貞門による『哥(うた)いづれの巻』(貞徳翁独吟百韻自註)、井原西鶴による『花にきてやの巻』(西鶴大句数)、与謝蕪村と高井几董(きとう)による『牡丹散ての巻』(もゝすもゝ)など10作品を収録。

[江戸時代][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 暉峻康隆 雲英末雄 加藤定彦

井原西鶴や与謝蕪村らが言葉と戯れる、江戸の俳諧

俳諧はもともと「滑稽な連歌」だったが、15世紀以降連歌から独立。江戸時代に入り松永貞徳を盟主とする貞門(ていもん)の俳諧が全国的規模で広がった。貞門による『哥(うた)いづれの巻』(貞徳翁独吟百韻自註)、井原西鶴による『花にきてやの巻』(西鶴大句数)、与謝蕪村と高井几董(きとう)による『牡丹散ての巻』(もゝすもゝ)など10作品を収録。

[江戸時代][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 暉峻康隆 雲英末雄 加藤定彦

義経記
60 

義経記

(ぎけいき)

作者未詳

日本歴史上最大の悲劇のヒーロー、九郎判官義経の一代記

源義朝(よしとも)の末子として鞍馬(くらま)寺に預けられた源義経(幼名・牛若)の成長から、弁慶の物語、吉野潜行、奥州落ち、奥州平泉での衣川合戦まで、九郎判官(くろうほうがん)義経の悲劇的な生涯を、伝説や逸話を交えて語る。全8巻の軍記物語。「判官物語」、「義経物語」、「牛若物語」、「よしつね記」ともよばれる。成立年、作者ともに未詳。

[室町時代前期~中期][軍記]

《校注・訳者/注解》 梶原正昭

日本歴史上最大の悲劇のヒーロー、九郎判官義経の一代記

源義朝(よしとも)の末子として鞍馬(くらま)寺に預けられた源義経(幼名・牛若)の成長から、弁慶の物語、吉野潜行、奥州落ち、奥州平泉での衣川合戦まで、九郎判官(くろうほうがん)義経の悲劇的な生涯を、伝説や逸話を交えて語る。全8巻の軍記物語。「判官物語」、「義経物語」、「牛若物語」、「よしつね記」ともよばれる。成立年、作者ともに未詳。

[室町時代前期~中期][軍記]

《校注・訳者/注解》 梶原正昭

室町物語草子集
61 

室町物語草子集

(むろまちものがたりそうししゅう)

作者未詳

おとぎ話の原形――中世の庶民を魅了した不思議で妖しい絵物語

南北朝時代から江戸時代初期にかけて、平易な散文体の読み物が多くつくられ、「室町物語」や「室町物語草子」、「近古小説」、「御伽草子(おとぎぞうし)」などとよばれる。今日のおとぎ話や昔話の原型となった作品も多い。『文正草子(ぶんしょうそうし)』、『猿源氏草紙』、『ものくさ太郎』、『和泉式部』、『一寸法師』、『浦島の太郎』、『熊野本地絵巻(くまのほんじえまき)』など、13編をおさめる。

[南北朝時代前期~江戸時代初期][物語(御伽草子・短編物語)]

《校注・訳者/注解》 大島建彦 渡 浩一

おとぎ話の原形――中世の庶民を魅了した不思議で妖しい絵物語

南北朝時代から江戸時代初期にかけて、平易な散文体の読み物が多くつくられ、「室町物語」や「室町物語草子」、「近古小説」、「御伽草子(おとぎぞうし)」などとよばれる。今日のおとぎ話や昔話の原型となった作品も多い。『文正草子(ぶんしょうそうし)』、『猿源氏草紙』、『ものくさ太郎』、『和泉式部』、『一寸法師』、『浦島の太郎』、『熊野本地絵巻(くまのほんじえまき)』など、13編をおさめる。

[南北朝時代前期~江戸時代初期][物語(御伽草子・短編物語)]

《校注・訳者/注解》 大島建彦 渡 浩一

仮名草子集
62 

仮名草子集

(かなぞうししゅう)

作者未詳

江戸初期に流行した仮名書きの庶民向けベストセラー小説

17世紀になって書かれ、井原西鶴の浮世草子『好色一代男』の出た1682年までの約80年間に著述刊行された小説類のことを総称して「仮名草子」と言う。出版され、世間に流布した。浅井了意による『かなめいし』と『浮世物語』、一休禅師のエピソード集『一休ばなし』、遊郭話を扱う『たきつけ草・もえくゐ・けしずみ』、京や摂津の話を中心に集めた『御伽(おとぎ)物語』の5作品をおさめる。

[江戸時代初期][戯作(仮名草子)]

《校注・訳者/注解》 谷脇理史 岡 雅彦 井上和人

江戸初期に流行した仮名書きの庶民向けベストセラー小説

17世紀になって書かれ、井原西鶴の浮世草子『好色一代男』の出た1682年までの約80年間に著述刊行された小説類のことを総称して「仮名草子」と言う。出版され、世間に流布した。浅井了意による『かなめいし』と『浮世物語』、一休禅師のエピソード集『一休ばなし』、遊郭話を扱う『たきつけ草・もえくゐ・けしずみ』、京や摂津の話を中心に集めた『御伽(おとぎ)物語』の5作品をおさめる。

[江戸時代初期][戯作(仮名草子)]

《校注・訳者/注解》 谷脇理史 岡 雅彦 井上和人

浮世草子集
63 

浮世草子集

(うきよぞうししゅう)

夜食時分(やしょくじぶん)、江島其磧(きせき)

市井の人々の色と欲、その生活や風俗を描いた庶民文学

井原西鶴の『好色一代男』(1682年)以降、約100年間、上方を中心に流行した近世小説のことを「浮世草子」という。遊里遊びを描く『好色敗毒散(こうしょくはいどくさん)』(夜食時分・作)、女色と男色の両恋を描く『野白内証鑑(やはくないしょうかがみ)』(江島其磧・作)、老人の特質に笑いを求める『浮世親仁形気(うきよおやじかたぎ)』(江島其磧・作)の計3作をおさめる。

[江戸時代初期~中期][戯作(浮世草子)]

《校注・訳者/注解》 長谷川 強

市井の人々の色と欲、その生活や風俗を描いた庶民文学

井原西鶴の『好色一代男』(1682年)以降、約100年間、上方を中心に流行した近世小説のことを「浮世草子」という。遊里遊びを描く『好色敗毒散(こうしょくはいどくさん)』(夜食時分・作)、女色と男色の両恋を描く『野白内証鑑(やはくないしょうかがみ)』(江島其磧・作)、老人の特質に笑いを求める『浮世親仁形気(うきよおやじかたぎ)』(江島其磧・作)の計3作をおさめる。

[江戸時代初期~中期][戯作(浮世草子)]

《校注・訳者/注解》 長谷川 強

井原西鶴集
64 

井原西鶴集

(いはらさいかくしゅう)

井原西鶴

元禄の“粋”の文化を象徴する人気作家・西鶴の傑作小説集

大阪の商人の出で俳人でもあった井原西鶴は、庶民文学ともいえる浮世草子の傑作を数多く残した。西鶴の作品の中から、好色物の『好色一代男(こうしょくいちだいおとこ)』、『男色大鑑(なんしょくおおかがみ)』、武家物の『武道伝来記』、雑話物(説話物)の『西鶴諸国ばなし』、町人物の『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』、『世間胸算用(せけんむねざんよう)』などをおさめる。※『本朝二十不孝』は著作権許諾の都合によりご利用になれません。

[江戸時代中期][戯作(浮世草子)]

《校注・訳者/注解》 暉峻康隆 東 明雅 宗政五十緒 谷脇理史 神保五彌 冨士昭雄 広嶋 進

元禄の“粋”の文化を象徴する人気作家・西鶴の傑作小説集

大阪の商人の出で俳人でもあった井原西鶴は、庶民文学ともいえる浮世草子の傑作を数多く残した。西鶴の作品の中から、好色物の『好色一代男(こうしょくいちだいおとこ)』、『男色大鑑(なんしょくおおかがみ)』、武家物の『武道伝来記』、雑話物(説話物)の『西鶴諸国ばなし』、町人物の『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』、『世間胸算用(せけんむねざんよう)』などをおさめる。※『本朝二十不孝』は著作権許諾の都合によりご利用になれません。

[江戸時代中期][戯作(浮世草子)]

《校注・訳者/注解》 暉峻康隆 東 明雅 宗政五十緒 谷脇理史 神保五彌 冨士昭雄 広嶋 進

松尾芭蕉集
65 

松尾芭蕉集

(まつおばしょうしゅう)

松尾芭蕉

「さび」や「軽み」などの独自の境地を開いた俳聖・芭蕉

俳人・松尾芭蕉ははじめ談林風を学んだが、のちに「さび」や「軽み」、「不易流行」などを特徴とする蕉風を確立。のちに俳聖と称えられた。51歳で没するまで、各地を行脚し、紀行文や句を残した。芭蕉の全発句、『おくのほそ道』や『野ざらし紀行』、『鹿島詣(鹿島紀行)』や『笈(おい)の小文』などの全紀行、『嵯峨日記』などの日記、俳文、連句など、芭蕉のすべての作品を網羅する。

[江戸時代前期][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 井本農一 堀 信夫

「さび」や「軽み」などの独自の境地を開いた俳聖・芭蕉

俳人・松尾芭蕉ははじめ談林風を学んだが、のちに「さび」や「軽み」、「不易流行」などを特徴とする蕉風を確立。のちに俳聖と称えられた。51歳で没するまで、各地を行脚し、紀行文や句を残した。芭蕉の全発句、『おくのほそ道』や『野ざらし紀行』、『鹿島詣(鹿島紀行)』や『笈(おい)の小文』などの全紀行、『嵯峨日記』などの日記、俳文、連句など、芭蕉のすべての作品を網羅する。

[江戸時代前期][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 井本農一 堀 信夫

近世俳句集
66 

近世俳句集

(きんせいはいくしゅう)

西山宗因、与謝蕪村、小林一茶ほか

小林一茶や与謝蕪村など江戸期の俳人約120名の代表句作

連歌師の山崎宗鑑(そうかん)、貞門風の祖・松永貞徳、談林風の西山宗因(そういん)や井原西鶴、松尾芭蕉の弟子の宝井其角(きかく)や河合曾良(そら)、向井去来(きょらい)、茶道・千家不白流の祖・川上不白(ふはく)、中興期俳壇の中心・与謝蕪村、画家の酒井抱一(ほういつ)、江戸時代後期の俳人・小林一茶など、江戸期の俳人約120名の代表的な俳句を収録。

[室町時代末期~江戸時代][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 雲英末雄 山下一海 丸山一彦

小林一茶や与謝蕪村など江戸期の俳人約120名の代表句作

連歌師の山崎宗鑑(そうかん)、貞門風の祖・松永貞徳、談林風の西山宗因(そういん)や井原西鶴、松尾芭蕉の弟子の宝井其角(きかく)や河合曾良(そら)、向井去来(きょらい)、茶道・千家不白流の祖・川上不白(ふはく)、中興期俳壇の中心・与謝蕪村、画家の酒井抱一(ほういつ)、江戸時代後期の俳人・小林一茶など、江戸期の俳人約120名の代表的な俳句を収録。

[室町時代末期~江戸時代][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 雲英末雄 山下一海 丸山一彦

近世俳文集
67 

近世俳文集

(きんせいはいぶんしゅう)

北村季吟、上嶋鬼貫、横井也有ほか

「鶉衣」や「おらが春」など江戸期の代表的な俳文

俳人が書いた俳諧的な要素を備えている文章を「俳文」という。北村季吟(きぎん)による貞門時代の俳文『山の井』、山岡元隣(げんりん)の『宝蔵(たからぐら)』、上嶋鬼貫(おにつら)の『独ごと』、200あまりの俳文を載せる横井也有(やゆう)の『鶉衣(うずらごろも)』、与謝蕪村の俳句日記『新花摘』、小林一茶の『おらが春』や『父の死』など、 23人の俳人の40の俳文をおさめる。

[江戸時代][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 丸山一彦 松尾靖秋

「鶉衣」や「おらが春」など江戸期の代表的な俳文

俳人が書いた俳諧的な要素を備えている文章を「俳文」という。北村季吟(きぎん)による貞門時代の俳文『山の井』、山岡元隣(げんりん)の『宝蔵(たからぐら)』、上嶋鬼貫(おにつら)の『独ごと』、200あまりの俳文を載せる横井也有(やゆう)の『鶉衣(うずらごろも)』、与謝蕪村の俳句日記『新花摘』、小林一茶の『おらが春』や『父の死』など、 23人の俳人の40の俳文をおさめる。

[江戸時代][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 丸山一彦 松尾靖秋

近世和歌集
68 

近世和歌集

(きんせいわかしゅう)

後水尾院、冷泉為村、香川景樹ほか

貴族から庶民まで幅広い階層が愛好した江戸時代の和歌

江戸時代の和歌は、新しい歌風は誕生しなかったが、上は天皇から下は庶民まで、あらゆる身分階層の人々に愛好された。後水尾(ごみずのお)院などの堂上歌人、豊臣秀吉の近臣・木下長嘯子(ちょうしょうし)、冷泉(れいぜい)家中興の祖・冷泉為村、「ただことの歌」を主張した小沢蘆庵(ろあん)、国学者の賀茂真淵(かものまぶち)、桂園派を興した香川景樹など、22人の歌人の和歌を収録。

[江戸時代][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 久保田啓一

貴族から庶民まで幅広い階層が愛好した江戸時代の和歌

江戸時代の和歌は、新しい歌風は誕生しなかったが、上は天皇から下は庶民まで、あらゆる身分階層の人々に愛好された。後水尾(ごみずのお)院などの堂上歌人、豊臣秀吉の近臣・木下長嘯子(ちょうしょうし)、冷泉(れいぜい)家中興の祖・冷泉為村、「ただことの歌」を主張した小沢蘆庵(ろあん)、国学者の賀茂真淵(かものまぶち)、桂園派を興した香川景樹など、22人の歌人の和歌を収録。

[江戸時代][歌集(和歌)]

《校注・訳者/注解》 久保田啓一

近松門左衛門集
69 

近松門左衛門集

(ちかまつもんざえもんしゅう)

近松門左衛門

愛と死のドラマを描いた近松門左衛門の世話・時代浄瑠璃

武士の子として生まれた近松門左衛門が歌舞伎作家、浄瑠璃作家として名声を得たのは30歳を過ぎてから。72歳で没するまで歌舞伎脚本30余編、時代浄瑠璃80余編、世話浄瑠璃24編を書いた。本人の出世作となった『出世景清(しゅっせかげきよ)』、世話浄瑠璃の傑作『曾根崎心中(そねざきしんじゅう)』、時代浄瑠璃の『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』など計30作をおさめる。

[江戸時代中期][浄瑠璃]

《校注・訳者/注解》 鳥越文蔵 山根為雄 長友千代治 大橋正叔 阪口弘之

愛と死のドラマを描いた近松門左衛門の世話・時代浄瑠璃

武士の子として生まれた近松門左衛門が歌舞伎作家、浄瑠璃作家として名声を得たのは30歳を過ぎてから。72歳で没するまで歌舞伎脚本30余編、時代浄瑠璃80余編、世話浄瑠璃24編を書いた。本人の出世作となった『出世景清(しゅっせかげきよ)』、世話浄瑠璃の傑作『曾根崎心中(そねざきしんじゅう)』、時代浄瑠璃の『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』など計30作をおさめる。

[江戸時代中期][浄瑠璃]

《校注・訳者/注解》 鳥越文蔵 山根為雄 長友千代治 大橋正叔 阪口弘之

浄瑠璃集
70 

浄瑠璃集

(じょうるりしゅう)

二代目竹田出雲、三好松洛、並木千柳ほか

『仮名手本忠臣蔵』など、今も上演される傑作浄瑠璃

浄瑠璃とは、室町時代に興り江戸時代に完成した三味線を用いた語り物のことで、17世紀後半に竹本義太夫が義太夫節を確立してからは、以降の作品を特に浄瑠璃という。赤穂浪士の討ち入りを描いた『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』、王代物の傑作『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』(近松半二、松田ばく、三好松洛らの合作)など、代表的な4作品をおさめる。

[江戸時代中期][浄瑠璃]

《校注・訳者/注解》 鳥越文蔵 長友千代治 大橋正叔 黒石陽子 林 久美子 井上勝志

『仮名手本忠臣蔵』など、今も上演される傑作浄瑠璃

浄瑠璃とは、室町時代に興り江戸時代に完成した三味線を用いた語り物のことで、17世紀後半に竹本義太夫が義太夫節を確立してからは、以降の作品を特に浄瑠璃という。赤穂浪士の討ち入りを描いた『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』、王代物の傑作『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』(近松半二、松田ばく、三好松洛らの合作)など、代表的な4作品をおさめる。

[江戸時代中期][浄瑠璃]

《校注・訳者/注解》 鳥越文蔵 長友千代治 大橋正叔 黒石陽子 林 久美子 井上勝志

英草紙
71 

英草紙

(はなぶさそうし)

近路行者(都賀庭鐘)

読本の元祖――中国の小説を日本風に翻案した怪奇小説集

「古今奇談」と銘打つ9編からなる怪奇小説集で、『喩世明言(ゆせいめいげん)』『警世通言(けいせいつうげん)』『青瑣高議(せいさこうぎ)』などの中国の白話(はくわ)・文言(ぶんげん)小説の話を日本風に翻案したもの。雅語を交えた新しい文体で書かれ、読本(よみほん)の嚆矢(こうし)として評価が高い。作者は、近路行者(きんろぎょうじゃ)(都賀庭鐘(つがていしょう))。

[江戸時代中期(1749年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 中村幸彦

読本の元祖――中国の小説を日本風に翻案した怪奇小説集

「古今奇談」と銘打つ9編からなる怪奇小説集で、『喩世明言(ゆせいめいげん)』『警世通言(けいせいつうげん)』『青瑣高議(せいさこうぎ)』などの中国の白話(はくわ)・文言(ぶんげん)小説の話を日本風に翻案したもの。雅語を交えた新しい文体で書かれ、読本(よみほん)の嚆矢(こうし)として評価が高い。作者は、近路行者(きんろぎょうじゃ)(都賀庭鐘(つがていしょう))。

[江戸時代中期(1749年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 中村幸彦

西山物語
72 

西山物語

(にしやまものがたり)

建部綾足

初期読本の秀作――京の近親惨殺事件に取材した実話小説

京都一乗寺村で起った渡辺源太による妹斬殺事件(源太騒動)を題材とした実話小説。親戚間の男女の悲恋という実話に、先祖伝来の太刀にまつわる怪異談をからませ、伝奇小説に仕立てた。建部綾足(たけべあやたり)作の雅文体小説で、草創期の読本の代表作のひとつとされる。上田秋成も同事件をモチーフにした作品を書いている。昭和に入って歌舞伎の作品にもなった。

[江戸時代中期(1768年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 高田 衛

初期読本の秀作――京の近親惨殺事件に取材した実話小説

京都一乗寺村で起った渡辺源太による妹斬殺事件(源太騒動)を題材とした実話小説。親戚間の男女の悲恋という実話に、先祖伝来の太刀にまつわる怪異談をからませ、伝奇小説に仕立てた。建部綾足(たけべあやたり)作の雅文体小説で、草創期の読本の代表作のひとつとされる。上田秋成も同事件をモチーフにした作品を書いている。昭和に入って歌舞伎の作品にもなった。

[江戸時代中期(1768年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 高田 衛

雨月物語
73 

雨月物語

(うげつものがたり)

上田秋成

初期読本の代表作――人間の執念を描く幻想的な怪異小説集

「浅茅(あさじ)が宿」や「蛇性の婬」など、9話からなる上田秋成(あきなり)作の幻想に満ちた怪異小説集で、幕末まで同一板木によって数版を重ねた江戸のベストセラー。正称は「近古奇談雨月物語」。『剪燈新話(せんとうしんわ)』など中国の小説を題材に、流麗な雅文で綴る。1953年溝口健二監督により映画化され、ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞するなど世界的な評価を集めた。

[江戸時代中期(1768年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 高田 衛

初期読本の代表作――人間の執念を描く幻想的な怪異小説集

「浅茅(あさじ)が宿」や「蛇性の婬」など、9話からなる上田秋成(あきなり)作の幻想に満ちた怪異小説集で、幕末まで同一板木によって数版を重ねた江戸のベストセラー。正称は「近古奇談雨月物語」。『剪燈新話(せんとうしんわ)』など中国の小説を題材に、流麗な雅文で綴る。1953年溝口健二監督により映画化され、ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞するなど世界的な評価を集めた。

[江戸時代中期(1768年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 高田 衛

春雨物語
74 

春雨物語

(はるさめものがたり)

上田秋成

幻の読本――上田秋成の集大成といえる歴史短編小説集

〈はるさめけふ幾日、しづかにておもしろ〉の書き出しで始まる、上田秋成による歴史小説集。親殺しの大罪人が放浪の果てに開悟するまでを描いた晩年の代表作「樊噲(はんかい)」や、海賊と紀貫之の対話を描く「海賊」など、全10編。1808年に一度まとめられ、翌1809年に没するまで改稿が行われていた。江戸時代には刊行されず、写本で伝わり、第二次世界大戦後に完本が発見された。

[江戸時代後期(1808年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 中村博保

幻の読本――上田秋成の集大成といえる歴史短編小説集

〈はるさめけふ幾日、しづかにておもしろ〉の書き出しで始まる、上田秋成による歴史小説集。親殺しの大罪人が放浪の果てに開悟するまでを描いた晩年の代表作「樊噲(はんかい)」や、海賊と紀貫之の対話を描く「海賊」など、全10編。1808年に一度まとめられ、翌1809年に没するまで改稿が行われていた。江戸時代には刊行されず、写本で伝わり、第二次世界大戦後に完本が発見された。

[江戸時代後期(1808年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 中村博保

黄表紙
75 

黄表紙

(きびょうし)

恋川春町、山東京伝、芝全交ほか

一流の浮世絵師の絵とパロディが融合した大人向けの笑いの文学

黄表紙は、しゃれ、滑稽、風刺をおりまぜた大人むきの絵入り小説で、草双紙(大衆的な絵入り小説)のひとつ。安永(1772~1781)から文化(1804~1818)にわたり流行した。黄表紙の祖『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』(恋川春町作・画)や、寛政の改革のパロディー『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくとおし)』(朋誠堂喜三二作・喜多川行麿画)など10作をおさめる。

[江戸時代後期][戯作]

《校注・訳者/注解》 棚橋正博

一流の浮世絵師の絵とパロディが融合した大人向けの笑いの文学

黄表紙は、しゃれ、滑稽、風刺をおりまぜた大人むきの絵入り小説で、草双紙(大衆的な絵入り小説)のひとつ。安永(1772~1781)から文化(1804~1818)にわたり流行した。黄表紙の祖『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』(恋川春町作・画)や、寛政の改革のパロディー『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくとおし)』(朋誠堂喜三二作・喜多川行麿画)など10作をおさめる。

[江戸時代後期][戯作]

《校注・訳者/注解》 棚橋正博

川柳
76 

川柳

(せんりゅう)

立羽不角(たちばふかく)、収月(初代)ほか

世相や風俗、人生の機微を滑稽かつ風刺的に描写する川柳

川柳とは、江戸時代中期に、雑俳(遊戯的な俳諧)の一様式である前句付から、付句の五・七・五だけが独立したもので、季語などの制約を持たず、人事・世相・歴史などを風刺した定型詩。「柳樽(やなぎだる)」「狂句」などさまざまな名で呼ばれていたが、明治以降、代表的な点者であった柄井川柳の名をとって「川柳」に統一された。元禄期(1688年~)から宝暦期(~1763年)までの川柳をおさめる。

[江戸時代中期][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 鈴木勝忠

世相や風俗、人生の機微を滑稽かつ風刺的に描写する川柳

川柳とは、江戸時代中期に、雑俳(遊戯的な俳諧)の一様式である前句付から、付句の五・七・五だけが独立したもので、季語などの制約を持たず、人事・世相・歴史などを風刺した定型詩。「柳樽(やなぎだる)」「狂句」などさまざまな名で呼ばれていたが、明治以降、代表的な点者であった柄井川柳の名をとって「川柳」に統一された。元禄期(1688年~)から宝暦期(~1763年)までの川柳をおさめる。

[江戸時代中期][連歌・俳諧]

《校注・訳者/注解》 鈴木勝忠

狂歌
77 

狂歌

(きょうか)

四方赤良(大田南畝)、唐衣橘州、朱楽菅江ほか

もじりにパロディ、江戸中期に大流行した言語遊戯

狂歌は、古典和歌の形式の中に機知や滑稽を読み込む趣味的な文芸。鎌倉・室町期におこり、関西で流行。江戸中期になって、江戸で爆発的に流行した。江戸狂歌の中心にいた四方赤良(よものあから、戯作者・大田南畝(なんぽ)、蜀山人)、唐衣橘洲(からころもきっしゅう)、朱楽菅江(あけらかんこう)、平秩東作(へづつとうさく)ら20余名の狂歌をおさめる。

[江戸時代中期][戯作]

《校注・訳者/注解》 宇田敏彦

もじりにパロディ、江戸中期に大流行した言語遊戯

狂歌は、古典和歌の形式の中に機知や滑稽を読み込む趣味的な文芸。鎌倉・室町期におこり、関西で流行。江戸中期になって、江戸で爆発的に流行した。江戸狂歌の中心にいた四方赤良(よものあから、戯作者・大田南畝(なんぽ)、蜀山人)、唐衣橘洲(からころもきっしゅう)、朱楽菅江(あけらかんこう)、平秩東作(へづつとうさく)ら20余名の狂歌をおさめる。

[江戸時代中期][戯作]

《校注・訳者/注解》 宇田敏彦

洒落本
78 

洒落本

(しゃれぼん)

田舎老人多田爺、山東京伝、梅暮里谷峨(うめぼりこくが)ほか

通人と野暮と遊女の物語――遊里案内を兼ねた遊里文学

洒落本とは、江戸中期以降に江戸で流行した遊里文学のこと。遊女・遊客の言動を、会話を主にして写実的に描写した。「通」という理念を軸に、人間の滑稽な生活を描く。以後の洒落本の定型を確立した『遊子(ゆうし)方言』(田舎老人多田爺(ただのじじい)作)、洒落本第一人者の山東京伝の『傾城買(けいせいかい)四十八手』や『古契三娼(こけいのさんしょう)』など、7作品をおさめる。

[江戸時代中期~後期][戯作]

《校注・訳者/注解》 中野三敏

通人と野暮と遊女の物語――遊里案内を兼ねた遊里文学

洒落本とは、江戸中期以降に江戸で流行した遊里文学のこと。遊女・遊客の言動を、会話を主にして写実的に描写した。「通」という理念を軸に、人間の滑稽な生活を描く。以後の洒落本の定型を確立した『遊子(ゆうし)方言』(田舎老人多田爺(ただのじじい)作)、洒落本第一人者の山東京伝の『傾城買(けいせいかい)四十八手』や『古契三娼(こけいのさんしょう)』など、7作品をおさめる。

[江戸時代中期~後期][戯作]

《校注・訳者/注解》 中野三敏

滑稽本
79 

滑稽本

(こっけいぼん)

式亭三馬

式亭三馬が綿密に描写する、江戸の庶民生活の生態とおかしみ

滑稽本とは、江戸後期に現れた滑稽を目的とした戯作のことで、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛(ひざくりげ)』(1802年)以降、式亭三馬(しきていさんば)を中心に全盛期を迎えた。三馬の滑稽本の処女作『酩酊気質(なまえいかたぎ)』と、社交場であった髪結床(かみゆいどこ)に集まる庶民の様子を描く『浮世床』の2編をおさめる。

[江戸時代後期][戯作]

《校注・訳者/注解》 神保五彌

式亭三馬が綿密に描写する、江戸の庶民生活の生態とおかしみ

滑稽本とは、江戸後期に現れた滑稽を目的とした戯作のことで、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『東海道中膝栗毛(ひざくりげ)』(1802年)以降、式亭三馬(しきていさんば)を中心に全盛期を迎えた。三馬の滑稽本の処女作『酩酊気質(なまえいかたぎ)』と、社交場であった髪結床(かみゆいどこ)に集まる庶民の様子を描く『浮世床』の2編をおさめる。

[江戸時代後期][戯作]

《校注・訳者/注解》 神保五彌

人情本
80 

人情本

(にんじょうぼん)

為永春水

女性の間で大人気となった、為永春水の泣ける恋愛小説

人情本は、江戸の市民社会の恋愛(三角関係や情痴的恋愛)や人情の葛藤を、写実的に描写した恋愛小説で、多くの読者は婦女子であった。文政期(1818~30年)におこり、明治初期まで人気を博した。書型から「中本(ちゅうほん)」、内容から「泣本(なきほん)」とも称された。人情本の第一人者、為永春水(ためながしゅんすい)の『春告鳥(はるつげどり)』(歌川国直(くになお)画)をおさめる。

[江戸時代後期(1836年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 前田 愛

女性の間で大人気となった、為永春水の泣ける恋愛小説

人情本は、江戸の市民社会の恋愛(三角関係や情痴的恋愛)や人情の葛藤を、写実的に描写した恋愛小説で、多くの読者は婦女子であった。文政期(1818~30年)におこり、明治初期まで人気を博した。書型から「中本(ちゅうほん)」、内容から「泣本(なきほん)」とも称された。人情本の第一人者、為永春水(ためながしゅんすい)の『春告鳥(はるつげどり)』(歌川国直(くになお)画)をおさめる。

[江戸時代後期(1836年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 前田 愛

東海道中膝栗毛
81 

東海道中膝栗毛

(とうかいどうちゅうひざくりげ)

十返舎一九

滑稽本の傑作――十返舎一九による弥次・喜多コンビの珍道中

十返舎一九(じっぺんしゃいっく)による滑稽本の傑作。栃面屋弥次郎兵衛(とちめんややじろべえ)と居候の喜多八(きたはち)の江戸から伊勢、京、大坂にいたる旅をユーモラスに描いた道中記形式の物語。初編の「道中膝栗毛発端 全」から「膝栗毛八編」まで、八編18冊を収録。その後、弥次・喜多コンビの続編が21年間にわたって刊行され続けた。

[江戸時代後期(1802~09年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 中村幸彦

滑稽本の傑作――十返舎一九による弥次・喜多コンビの珍道中

十返舎一九(じっぺんしゃいっく)による滑稽本の傑作。栃面屋弥次郎兵衛(とちめんややじろべえ)と居候の喜多八(きたはち)の江戸から伊勢、京、大坂にいたる旅をユーモラスに描いた道中記形式の物語。初編の「道中膝栗毛発端 全」から「膝栗毛八編」まで、八編18冊を収録。その後、弥次・喜多コンビの続編が21年間にわたって刊行され続けた。

[江戸時代後期(1802~09年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 中村幸彦

近世随想集
82 

近世随想集

(きんせいずいそうしゅう)

松永貞徳、戸田茂睡、本居宣長ほか

江戸知識人の教養と知的センスの結晶を示す傑作エッセイ4本

江戸時代に生まれた、傑作随想を収録。松永貞徳による古今伝授についての聞き書き集『貞徳翁の記(ていとくおうのき)』(1633年ごろ)、和学者・戸田茂睡(もすい)の江戸名所巡り『紫の一本(ひともと)』(1682年)、本居宣長の和歌論の処女作『排蘆小船(あしわけおぶね)』(1757年ごろ)、学者の裏話を暴露する『しりうごと』(1832年)の計4編。江戸期の知識人の教養と知的センスの高さを示す。

[江戸時代][随筆]

《校注・訳者/注解》 鈴木 淳 小髙道子

江戸知識人の教養と知的センスの結晶を示す傑作エッセイ4本

江戸時代に生まれた、傑作随想を収録。松永貞徳による古今伝授についての聞き書き集『貞徳翁の記(ていとくおうのき)』(1633年ごろ)、和学者・戸田茂睡(もすい)の江戸名所巡り『紫の一本(ひともと)』(1682年)、本居宣長の和歌論の処女作『排蘆小船(あしわけおぶね)』(1757年ごろ)、学者の裏話を暴露する『しりうごと』(1832年)の計4編。江戸期の知識人の教養と知的センスの高さを示す。

[江戸時代][随筆]

《校注・訳者/注解》 鈴木 淳 小髙道子

近世説美少年録
83 

近世説美少年録

(きんせせつびしょうねんろく)

曲亭(滝沢)馬琴

毛利元就・陶晴賢らを描く、執筆20年におよぶ馬琴読本の大作

主君・大内義隆を殺し、毛利元就(もとなり)に滅ぼされた陶晴賢(すえはるかた)の史実を題材にした。悪美少年・末珠之介(あけのすけ)晴賢(モデル晴賢)の生い立ちと善美少年・大江杜四郎(もりしろう)成勝(モデル元就)との対立を中心にした勧善懲悪小説。中国・白話(はくわ)小説『檮杌間評(とうごつかんびょう)』に構想を借りた、曲亭(滝沢)馬琴の執筆20年の読本の大作だが、未完に終わる。

[江戸時代後期(1829~32年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 徳田 武

毛利元就・陶晴賢らを描く、執筆20年におよぶ馬琴読本の大作

主君・大内義隆を殺し、毛利元就(もとなり)に滅ぼされた陶晴賢(すえはるかた)の史実を題材にした。悪美少年・末珠之介(あけのすけ)晴賢(モデル晴賢)の生い立ちと善美少年・大江杜四郎(もりしろう)成勝(モデル元就)との対立を中心にした勧善懲悪小説。中国・白話(はくわ)小説『檮杌間評(とうごつかんびょう)』に構想を借りた、曲亭(滝沢)馬琴の執筆20年の読本の大作だが、未完に終わる。

[江戸時代後期(1829~32年成立)][戯作]

《校注・訳者/注解》 徳田 武

日本漢詩集
84 

日本漢詩集

(にほんかんししゅう)

嵯峨天皇、義堂周信(ぎどうしゅうしん)、荻生徂徠ほか

上代より江戸期までの代表的な日本の漢詩を集める

4世紀ごろより中国から入ってきた漢籍を訓読によって日本語化し、さらには本家に倣って「漢詩」をつくるようになる。飛鳥時代の大友皇子や大津皇子にはじまり、平安期には『凌雲集(りょううんしゅう)』などの勅撰漢詩集が編まれた。中世には京の五山文学が中心をなし、江戸期には庶民の間にも広まった。上代から近世まで、144人の漢詩を収録する。

[飛鳥時代~江戸時代][漢詩]

《校注・訳者/注解》 菅野禮行 徳田 武

上代より江戸期までの代表的な日本の漢詩を集める

4世紀ごろより中国から入ってきた漢籍を訓読によって日本語化し、さらには本家に倣って「漢詩」をつくるようになる。飛鳥時代の大友皇子や大津皇子にはじまり、平安期には『凌雲集(りょううんしゅう)』などの勅撰漢詩集が編まれた。中世には京の五山文学が中心をなし、江戸期には庶民の間にも広まった。上代から近世まで、144人の漢詩を収録する。

[飛鳥時代~江戸時代][漢詩]

《校注・訳者/注解》 菅野禮行 徳田 武

歌論集
85 

歌論集

(かろんしゅう)

藤原定家、荷田在満、賀茂真淵ほか

藤原定家や賀茂真淵など、詠歌の奥義を説く歴代の代表的評論

和歌に関する理論や評論を記した歌論は、少なくとも8世紀後半に誕生し、以後江戸時代まで文学論史の主軸として他ジャンルに影響を与え続けた。藤原定家の『近代秀歌』(1209年)、『詠歌大概』(1213~1224年)、『毎月(まいげつ)抄』(1219年)、荷田在満(かだのありまろ)『国歌八論』(1742年)、賀茂真淵『歌意考』(1764年)、香川景樹『新学(にいまなび)異見』(1814年)をおさめる。※『俊頼髄脳』と『古来風躰抄』は著作権許諾の都合によりご利用になれません。

[鎌倉時代~江戸時代後期][文芸評論(歌論)]

《校注・訳者/注解》 藤平春男

藤原定家や賀茂真淵など、詠歌の奥義を説く歴代の代表的評論

和歌に関する理論や評論を記した歌論は、少なくとも8世紀後半に誕生し、以後江戸時代まで文学論史の主軸として他ジャンルに影響を与え続けた。藤原定家の『近代秀歌』(1209年)、『詠歌大概』(1213~1224年)、『毎月(まいげつ)抄』(1219年)、荷田在満(かだのありまろ)『国歌八論』(1742年)、賀茂真淵『歌意考』(1764年)、香川景樹『新学(にいまなび)異見』(1814年)をおさめる。※『俊頼髄脳』と『古来風躰抄』は著作権許諾の都合によりご利用になれません。

[鎌倉時代~江戸時代後期][文芸評論(歌論)]

《校注・訳者/注解》 藤平春男

連歌論集
86 

連歌論集

(れんがろんしゅう)

二条良基、心敬、宗祇ほか

室町時代に花開いた座の文学、連歌の神髄を語る

連歌は南北朝時代に中世詩として確立され、1356年連歌初の撰集、関白・二条良基(よしもと)撰の准勅撰『菟玖波(つくば)集』が成立した。以後、宗祇(そうぎ)や宗長など専門連歌師も登場し、多くの連歌論が書かれた。二条良基の『筑波問答』(1357~72年)、僧・心敬の『ひとりごと』(1468年)、宗祇の『老(おい)のすさみ』(1479年)、宗長の『連歌比況集』(1509年ごろ)など5作品を収録。

[南北朝時代~室町時代][文芸評論(連歌論)]

《校注・訳者/注解》 奥田 勲

室町時代に花開いた座の文学、連歌の神髄を語る

連歌は南北朝時代に中世詩として確立され、1356年連歌初の撰集、関白・二条良基(よしもと)撰の准勅撰『菟玖波(つくば)集』が成立した。以後、宗祇(そうぎ)や宗長など専門連歌師も登場し、多くの連歌論が書かれた。二条良基の『筑波問答』(1357~72年)、僧・心敬の『ひとりごと』(1468年)、宗祇の『老(おい)のすさみ』(1479年)、宗長の『連歌比況集』(1509年ごろ)など5作品を収録。

[南北朝時代~室町時代][文芸評論(連歌論)]

《校注・訳者/注解》 奥田 勲

能楽論集
87 

能楽論集

(のうがくろんしゅう)

世阿弥

優雅な理想美「幽玄」を追求する世阿弥の芸術論

能役者の世阿弥(ぜあみ)は、室町幕府3代将軍足利義満の庇護のもと、能を大成させた。能の作品を数多く残す傍ら、優れた芸術論である能楽論を書き残した。現存する21編の能楽論のうち、『風姿花伝』(1400年ごろ成立)、『花鏡(かきょう)』(1424年)、『至花道(しかどう)』(1420年)、『三道』(1423年)、『拾玉得花(しゅうぎょくとっか)』(1428年)、『習道書(しゅどうしょ)』(1430年)の6編をおさめる。

[室町時代][文芸評論(能楽論)]

《校注・訳者/注解》 表 章

優雅な理想美「幽玄」を追求する世阿弥の芸術論

能役者の世阿弥(ぜあみ)は、室町幕府3代将軍足利義満の庇護のもと、能を大成させた。能の作品を数多く残す傍ら、優れた芸術論である能楽論を書き残した。現存する21編の能楽論のうち、『風姿花伝』(1400年ごろ成立)、『花鏡(かきょう)』(1424年)、『至花道(しかどう)』(1420年)、『三道』(1423年)、『拾玉得花(しゅうぎょくとっか)』(1428年)、『習道書(しゅどうしょ)』(1430年)の6編をおさめる。

[室町時代][文芸評論(能楽論)]

《校注・訳者/注解》 表 章

俳論集
88 

俳論集

(はいろんしゅう)

向井去来、服部土芳

松尾芭蕉が主導した蕉風俳論の理念と本質に迫る

近世初期は、俳諧のルールや修辞が中心だった俳論だが、元禄期(1688~1704年)になると、蕉風俳論が登場。俳諧本質論として高められた。師・松尾芭蕉(ばしょう)の言葉を引きながら俳諧を論じる向井去来(きょらい)の『去来抄』(1704年ごろ)、芭蕉俳諧の神髄を伝えんとする服部土芳(どほう)の『三冊子(さんぞうし)』(1702年)、蕉風俳論を代表する2作を収録。

[江戸時代前期][文芸評論(俳論)]

《校注・訳者/注解》 堀切 実 復本一郎

松尾芭蕉が主導した蕉風俳論の理念と本質に迫る

近世初期は、俳諧のルールや修辞が中心だった俳論だが、元禄期(1688~1704年)になると、蕉風俳論が登場。俳諧本質論として高められた。師・松尾芭蕉(ばしょう)の言葉を引きながら俳諧を論じる向井去来(きょらい)の『去来抄』(1704年ごろ)、芭蕉俳諧の神髄を伝えんとする服部土芳(どほう)の『三冊子(さんぞうし)』(1702年)、蕉風俳論を代表する2作を収録。

[江戸時代前期][文芸評論(俳論)]

《校注・訳者/注解》 堀切 実 復本一郎